焼肉
高級店という程では無いが、東京の安くはない焼肉屋の個室で俺達はテーブルを囲んでいた。隣にカラス、対面にメイア、その横にステラだ。
「うめえな、こりゃぁ! 焼いた肉がこんなに美味いとは思わなかったぜホント!」
黒い髪に黄金色の眼を携えた男が行儀が良いとは言い難い食べ方で焼肉を呑み込んでいく。その顔は赤らみ、明らかに酔っている。普通ならこんなに簡単に酔うことは無い筈だが、確かに酔っている。
「主様、私が焼きますので大人しくしていて下さい」
「いや、俺は自分で焼きたいんだが……まぁ良いか」
メイアの言葉に俺は伸ばしたトングから手を離し、ゴクリと生ビールを飲んで渇きを癒した。向こうのエールよりも雑味が少なく、爽やかだ。麦の香りのようなものはエールより薄いが、俺としてはこっちの方が飲みやすく、数段美味く感じる。
「マスター、次の注文は如何いたしますか? ハラミ、カルビ、イチボは確定でよろしいかと思いますが」
「結構脂っこいのが好きなんだな」
サラッと自分の好みを確定で入れてきたステラに突っ込みつつ、考える。
「俺はレバーとタンがあれば良い」
「オレは……良し。ミノとハチノス、あとハツも頼む」
こいつ、ホルモンばっかり食うな。
「貴方には聞いていませんが、カラス」
「ひでえなぁ!? お前の記憶力ならどうせ今ので覚えただろ? オレは鳥頭だからもう忘れちまったよ。注文、頼んだぜ!」
「カラス、貴方酔うとうるさいわね……」
メイアは迷惑そうに顔を顰めつつ、俺の取り皿に肉を分けた。
「あぁ、助かる」
「ふふ、どうかお構いなく」
メイアの献身的な態度に若干の居心地の悪さを感じながらも、俺はカルビを口の中に放り込んだ。
「美味いな」
良し、やっぱり米も頼むか。今日は酒だけで食うつもりだったが、酒も米も肉も全て食えばいい。
「……しかし」
こいつら、全く腹が一杯になる様子が無いな。どいつもこいつも人間じゃないからな。ステラに関しては摂取した食物を完全にエネルギーに変換出来るし、メイアも血に変えられる。カラスは人化による肉体だからか、満腹になる様子も無い。
「大丈夫だよな?」
今日で俺の財布が空になるとか、ないよな?
「まぁ、良いか」
最悪の場合、犀川に何とかしてもらおう。アイツなら何とか出来るだろう。金も払ってくれる筈だ。
「人化、か」
カラスが酔っている理由が分かったな。本来のカラスの魔素量ならこの程度で酔うことは有り得ないが、人化によって形成された仮初の肉体ならば有り得るだろう。
「考えたことも無かったな」
俺が酔いたいときは火の酒と呼ばれるようなドワーフの造った酒をひたすら飲んでいたが、自分の体を作り変えたり、魂を別の器に移し替えるような魔術を利用して酔うことも出来るかも知れないな。
「ボス~、飲んでるかぁ?」
酔っ払いが話しかけて来たな。
「魔術で酔いを醒ますことも出来るが」
「おいおい、勘弁してくれよ。このふらふらした感じ、オレは気に入ってるからな」
「……気持ち悪くならない程度にしておけよ」
飲めば飲むだけ気持ち良いってことは無いからな。
「そういえば、主様」
メイアが肉を俺の皿に置きながら声をかけた。
「今はハンターとして活動しておられますが、等級というのはどの程度まで上げるつもりなのですか?」
「あぁ、ランクか」
今は六級だからな。色々と偉そうなことは言っているが、御日よりも四つも下の等級になる。
「二級……の、予定だな」
「やはり、一級にはなられないのですね」
「まぁ、そうだな」
美味い。やっぱりレバーが一番美味いな。
「余り目立ちすぎる気は無いが……色々な異界に行ってみたい気持ちもあるからな」
「上位の異界に入る為に二級まで上げるということですね」
俺は頷き、上タン塩を口の中に放り込んだ。美味いな。やっぱり、タンが一番美味い。だが、俺の舌ではタンと上タンの違いは分からなかった。
「メイアは……」
俺は言葉を途中で呑み込んだ。
「私がハンターに、でしょうか?」
しかし、消した筈の言葉は伝わってしまっていたらしい。俺は苦みをビールで流し込んだ。
「正直に言えば、なれれば嬉しいとは思っております。というか、人としての権利が欲しいというか……身分を証明するものが、ありませんからね」
「……難しいな」
身分証明書か。当然だがメイアには戸籍も無いからな、難しいだろう。犀川に頼むという手もあるが……あの時の西園寺の物言いから察するに、戸籍の偽造のようなことはしてくれないだろう。
「ふむ、それに関してですが……今回の騒動でどうにか出来る可能性もあるかも知れませんよ」
と、黙々と食べていたステラが口をはさんだ。
「瓢の狙いに便乗することで、戸籍までは難しいかも知れませんが……ハンターとしての権利は得られるかも知れません」
「あぁ、妖怪達と一緒にアピールするって感じか?」
ステラは頷く。
「国はあらゆる手を尽くして優秀なハンターを集めようとしています。その姿勢は、かなり強引なものと言えます。であれば、メイアさんや妖怪達もハンターとして受け入れられる可能性があります。尤も、瓢の作戦が成功した場合ですが」
「……貴方、意外と考えてくれるのね」
「この程度の思考によって失われるエネルギーは考慮すべきものではありませんので」
回りくどい言い方で照れ隠しをしたステラに、メイアはニヤニヤとした表情でステラの顔を覗き込む。
「メイアさん、行儀が悪いですよ」
「ふふ、個室なんだから良いじゃない」
ステラはメイアを押し退け、顔を背けた。
「……取り敢えず、次の注文をしますから」
話を逸らしたステラの顔は、仄かに赤みを帯びていた。




