挑戦
再現された異界の中、完全に回復した三人を前に俺は現れた。
「全員、良く頑張ったな。楽しかったか?」
「おぉ、ボス。そこそこな」
片翼を上げて挨拶したカラス。直ぐに他の二人も頭を下げる。
「新たな力を貰ったにも関わらず、このような無様を見せてしまうとは……申し訳ございません、主様」
「新しい力を貰ったのは全員だ。気に病むようなことじゃないだろう」
メイアの頭を上げさせると、隣からステラが顔を出した。
「勝ちました、マスター。褒賞を期待しています」
「……まぁ、考えておく」
ステラはずっとサブのコアを欲しがってるからな。後で幾つか作って渡すか。
「それで、力は十分に試せたか?」
俺の問いに全員が頷く。
「お互いの力を把握することは出来たか?」
再度、全員が頷く。
「そうか。なら、早速……」
本物の異界に帰ろうとした瞬間、カラスが翼を上げた。
「ボス、折角の機会だ」
「何だ?」
カラスは翼の先を俺に向け、行った。
「俺達全員で、胸を借りさせてくれよ」
「……なるほどな」
確かに、良い機会ではあるが。
「お前らも、やりたいのか?」
メイアとステラに視線を向ける。
「主様がよろしければ、ですが……」
「データは多いに越したことはありませんので」
どうやら、やりたいらしいな。
「分かった。じゃあ、五分後だ。俺はここから動かないから、好きに移動してくれ」
俺はその場に胡坐をかき、目を瞑った。
♢
五分後、目を開いた瞬間。全方位から鴉が殺到し、その奥から巨大な銀の奔流が迫る。
「そう来たか」
俺は立ち上がるよりも早く、体内に刻まれた魔術に意識を向けた。
「戦闘術式、展開」
俺の体内に刻まれた魔術が、刻印が、一斉に起動する。それに連動するように自動で無数の魔術が発動し、戦闘態勢を整える。
「流石にいきなり使う気は無かったんだが……止む無しだな」
背理の城塞が攻撃を受け止めていく。回生障壁、検知障壁、停留障壁までが一瞬で突破された。
突破の要因は、カラスの闇蝕呑影とステラの銀粒砲だな。二つとも、かなり障壁に対する突破力が高い。
「……誰も接近戦を挑んでは来ないか」
剣を虚空から引き抜いたが、誰も近付いては来ない。というか、誰も俺の視界に入ってすらいない。
「まぁ、良い」
こっちから行けば良いだけだ。先ず、生存の手段が少ないステラから狙う。しかし、不思議なことに誰の気配もせず、魔力も感知出来ない。
「そこだな」
木々の奥、魔術によって隠蔽された空間。一見、森の一部にしか見えないその場所に俺は迷わず飛び込んだ。
「『銀粒砲・最大出力』」
「『紅貴突き』」
「『闇蝕呑影』」
入った瞬間に景色が入れ替わり、中に潜んでいた三体が同時に攻撃を放ってきた。銀の奔流、紅い槍の刺突、闇と影。
「悪くない」
四方八方から迫る影の鴉と腕、正面から迫る銀の奔流、頭上から迫るメイアの紅い槍。回避は無理だな。転移阻害の結界も用意されている。捌き切るしか無いだろう。
「主様ッ!!」
上から迫るメイアの槍は回避だ。貴威の効果を付与された攻撃は魔術的防御を貫通する。単体で俺の命まで届きはしないだろうが、致命的な攻撃になる可能性がある以上、受けるのは愚策だ。
次に、障壁を食い破る鴉の群れは放置だ。闇蝕呑影の効果を持った鴉は物理的防御を完全に貫通し、魔術的防御に対しても一定の効力を持つが、背理障壁までは絶対に超えられない。となれば、残りは一つ。
「ッ」
剣を振り上げ、迫る銀の奔流に真っ向から対抗する。魔力と魔術による保護はしていた剣だが、触れた物を削り取る性質を持つ銀粒砲によって一瞬で破壊された。
闘気を解放するしかない。
俺は瞬時に体内の魔力の五割以上を闘気に変換し、素手で銀粒砲を殴り付け、一撃で霧散させた。
「見えてるぞ、メイア」
背後から槍を突き出してきたメイア。その槍を見ずに回避し、容赦なく裏拳を叩き込もうとする……が、霧となってメイアは逃れた。俺はその霧に指先を向ける。
「カァッ!」
魔術を放とうとした瞬間、視界を……いや、俺の体を鴉の群れと液体のような影が覆い、俺の魔術を阻んだ。
「パイルバンカーッ!」
俺を覆っていた闇に穴が開き、回転する紅いドリルが高速で飛来する。このドリルは確かに魔術的防御であろうと掘削することが出来るが……赤?
「ッ!」
違う、貴威だ。ドリルを赤色に染め上げた血はメイアのものだ。そして、付与されている貴威は俺の障壁に対して最大効果を発揮する。
「カァッ!」
足元が影となって沈む。俺は回避の選択肢を思考から消し去り、虚空から剣を引き抜きながら思い切りドリルに打ち付けた。
「『事典も知らぬ、基点の遠く』」
ドリルを弾いた瞬間に跳躍し、空中に逃れる。ステラの体が青く輝いて浮き上がり、メイアの背から蝙蝠の翼が生える。
「『背理の法、帰謬の論』」
向かってくる鴉の群れ。魔力の半分を闘気に変換した以上、障壁で耐え続けるのは魔力消費の観点から望ましくない。可能な限り回避する。
「『語りは騙り、正しきは現』」
血が無数の紐のように伸びて迫り、再びドリルが飛来する。俺はそれらを回避し、更に上へと飛んだ。
「『無上の証明、天外の実証』」
黒い空の境界ギリギリで、俺は最後の言葉を紡いだ。
「『天蓋破り大世界』」
瞬間、重力が反転する。地面が浮き上がり、空へと世界が浮き立ったかと思えば、重力は途端に消え去り、世界は浮遊したまま投げ出された。




