勝利の行方は
放たれた血の杭をステラは弾丸の雨で弾き返し、すり抜けてきた杭は素手で叩き落した。
「『紅蓮武装・竜血爪』」
地面に降り立ったメイアの体から滲み出した血が腕を覆い、巨大な爪を形作る。その表面には魔術紋が刻まれている。
「『形態変化・螺旋錐』」
ステラの腕がドリルに変化し、巨大な血の爪を受け止めた。
「互角、ですかッ!」
「どうやら、そうみたいねッ!」
力は互角。しかし、回転する異世界の合金で作られたドリルは容赦なくガリガリと竜血爪を削っていく。メイアは慌てて飛び退くが、それを分かっていたかのようにステラはドリルをメイアに向け……
「パイルバンカーッ!」
紐で繋がったドリルが高速で射出されると、血の爪を貫いてメイアの体に突き刺さる。腹部を貫通したドリルによってメイアは上半身と下半身を分かたれた。
「よぉ、忘れちゃいねぇよな?」
「ッ!」
ドリルが巻き戻されるよりも先に、背後から現れたカラスがその翼でステラを包み込んだ。
「これは……体が」
「残念だが、終わりだ」
逃れようとするステラだが、翼と密着していた自身の腕の感触が消えていることに気付く。
「『闇蝕呑影』」
漸くステラは気付いた。自身の体が闇の中に呑み込まれている。カラスの巨大な闇の翼の中に。このままでは、ステラの体は丸ごと消滅してしまうだろう。
「『緊急脱出』」
翼に触れていない上部から金属で覆われた青く輝くコアが射出され、空高く打ちあがった。
「おい、そんな無防備を晒して……ッ!」
直ぐにコアを捕まえようとしたカラスの翼を、無数の紅い杭が貫く。
「お前、アレでまだ死んでないのかよ」
「吸血鬼だもの」
カラスは貫いた杭を翼の中に呑み込み、溜息を吐いた。
「だとしても異常だろ……オレなら百回は死んでるところだな」
「ふふ、だって貴方はカラスだもの」
先に仕掛けたのはメイアだ。再度創り出した血の爪でカラスに斬りかかるが、影そのものとなったカラスの体をすり抜けてしまう。
「それ、ズルいわ」
「お前も大概だろ?」
カラスは接近したメイアを翼で呑み込もうとしたが、俊敏な速度でメイアは視界から消えた。
「どんな身体能力だ、そりゃ……」
もはや呆れるように言うカラス。その背後から飛び掛かったメイアにカラスは振り向き、翼で包み込もうとして、気付いた。
「ッ、偽物か」
「あら、バレちゃった」
如何なる幻もカラスの真眼は誤魔化せない。カラスはギリギリで体を影に変え、頭上から迫る血の杭を回避した。
「今度は手数で勝負かしら?」
「チッ、速いな……」
そこら中の木陰から影の腕が伸び、メイアを掴もうとするが、すり抜けるように回避される。唯一触れることが出来た巨大な血の爪は影の腕に呑まれ、削られたが、メイアの血によって直ぐに修復された。
「『病魔の風』」
カラスから風が吹く。常人ならば一息吸っただけで即死するような文字通りの病魔の風。しかし、メイアは平気そうにその風を受け止めている。
「ふふ、私には効かないわ」
「あぁ……だろうとは思ってたが」
メイアがカラスに向けて一歩踏み出すと、彼女の身体中に走る紅い紋様が強く光り、そこから血を噴き出させた。
「ッ!」
「力の代償って奴か? 降参したって良いぜ?」
メイアは身体中が罅割れるような激痛に膝を突きかけるが、堪えてまた一歩踏み出した。
「ふふ……貴方も、限界は近いんでしょう? 貴方の魔力、そう多くは無いもの」
「……短期決戦と行くか」
メイアは頷き、自身の腕の爪を消し去った。
「『紅蓮武装・潔炎剣』」
燃え盛る紅蓮の細剣がメイアの手に握られ、胸の前で構えられる。
「行くわ」
振り下ろされる紅蓮の細剣。カラスは大きな翼をはためかせながらそれを避け、空中に浮き上がった。
「さぁ、捌き切って見ろ」
「望むところよ」
両翼を広げたカラス。その暗き翼から大量の鴉が生み出され、放たれる。
「少しは、剣も扱えるようになったもの」
迫る鴉の群れをメイアは俊敏な動きで避け、細剣で切り裂いていく。しかし、そこでカラスの姿が消えていることに気付く。
「ッ、まさか」
自身を取り囲む鴉の群れ。影で出来たそれらの中にカラスが潜んでいる可能性は高い。
「だったら、良いわ」
メイアは駆け抜け、鴉の群れから一瞬で距離を離した。
「炙り出してあげる」
振り向き、紅蓮の剣を鴉の群れに向けた。すると、彼女の体から手を伝って大量の血が剣に流れ込み、刃から群れを丸ごと焼かんばかりの炎が放たれた。
「……居ない?」
影の鴉、その群れを丸焼きにしたメイア。しかし、カラスは現れない。
「まさか、今ので死んだ訳でも――――」
影が膨れ上がった。それは、メイア自身の影だ。自身の背を飛び越えるような影はその大きな翼でメイアを包み込む。
「ッ、いつの間にッ!?」
鴉を経由してメイアの影に入り込んでいたカラスは、メイアの体を完全に呑み込み……
「『――――銀粒砲』」
銀の奔流に呑み込まれ、消滅した。
「……辛勝、と言ったところでしょうか」
ふよふよと宙に浮かぶ金属球は青い光を明滅させ、ゆっくりと地面に落ちた。




