爪
異界から帰り、今日は久々に例の買取屋に来ていた。暗い地下への階段を下り、軋む木の扉を開けて店の中へ入り込む。
「どうも、お客さん……おや、貴方ですか」
少し暗いが、木の温かみがある店内。カウンターに立つのは、若いともそうでないとも言い難い、曖昧な雰囲気の男だ。
「あぁ、買い取りを頼む」
そう言って、俺は袋をカウンターの上に置いた。
「えぇ、承りました……ところで」
店主の男は表情に浮かんだ笑みを消した。
「最近は物騒な世の中です。ソロモン王の復活、悪魔の発生、異界の崩壊……本当に、色々と」
「あぁ、そうだな」
当然だが、ソロモン関連の騒動は世界的なニュースになっていた。知らない者は居ないだろう。
「そして、九尾の狐」
「……何だ、それは?」
取り敢えず俺は惚けることにした。
「封印されていた九尾の狐、玉藻前が蘇った……そんな噂を、耳にしましてね」
「何故、それを俺に?」
尋ねると、店主は不思議そうな顔をした。
「心配というか、警告以上の理由はありませんが」
「あぁ、そうか。いや、何でも無い」
ちょっと、被害妄想染みてたな。また助力を乞われるかと思ってしまった。だが、冷静に考えればこいつは俺の強さについて正確には知らない筈だ。
「まぁ、お互い気を付けましょう。ソロモン事件程の大事には流石にならないと思いますが……それでも、避難の準備くらいはしておくべきでしょうね」
「どこに出るとか、そういう話も無いんだよな?」
「今のところはないですね。どこも、全力で捜索しているようですが」
やはり、まだ発見には至ってないのか。
「……ところで」
店主はニヤリと笑みを浮かべ、俺を見た。
「何か、面白い物……ありますか?」
あぁ、そうだったな。
「その場合、素材は二倍の値段で買い取るって話だったよな?」
「おや、あれはあの時限定のつもりだったのですが……良いでしょう」
言ってみるものだな。しかし、あっさりと素材を二倍で買い取るような買取屋は古今東西探してもここだけだろうな。
「しかし、そこまで言うのですから……今回も、相当に面白い物を見せて下さると考えてもよろしいですね?」
「さぁな。面白いかどうかなんてのは、アンタの感性次第だ」
しかし、何を見せたものか。面白い物で言うなら死ぬ程あるが、見せても良い物という条件が付くと一気にその数が減る。
「……どうだ?」
俺は鞄から取り出すフリをして、人の指ほどある大きさの爪を取り出した。形状は鷹や鷲のものに近い。
「ほう、これは……竜ですか」
「良く分かったな」
そう、これは竜の爪だ。しかし、その形状から察せられる通り、かなり小さい。
「まさか……幼竜の?」
「そうだ。中々、見ないだろう?」
成体の竜の爪となれば、探せば見つかる程度だが、幼竜のモノともなれば希少性は格段に上がる。基本的に、子供は親の竜が命を賭けてでも守るからだ。
かく言う俺も自力でこれをもぎ取った訳では無く、ただの貰い物だ。珍しい石をやるくらいの感覚で貰ったものなので、質に出しても問題無いだろう。
「確かに、これは面白い……いや、本当に凄い……この業界も短く無いですが、流石に初めて見ましたよ」
「あぁ。と言っても、素材としての価値は成竜のモノと比べ物にならないがな。勿論、加工しやすい上に、アクセサリーにも使いやすいって利点はあるが」
もう少し大きければ、そのまま小ぶりな武器に加工することも出来たかも知れない。
「いや、予想以上……百万でも安すぎるくらいです、これは」
道具を使って詳しく観察する度に、店主の男は声を出す。
「あんまりアレなら、違う奴にするが」
「とんでもない! これを換えるなんてとんでもないですよ、お客さん」
「……そうか」
カウンターから飛び出さんばかりの勢いの店主に、俺は身を引きながら交換を諦めた。
「しかし、竜とは言え幼体だぞ。長所もあるが、素材としての価値は成竜のモノには全く及ばないだろう」
「普通ならそうかも知れませんが、この竜は特別です。雷や電気に対して強い親和性がある……恐らく、雷竜だったのでしょう。それも、相当高位の」
「……そうか」
俺は諦めたように天を仰いだ。木製の天井が視界に入る。
「とはいえ……これだけの品です。もし、売りたくないというのであれば無理強いはしませんよ」
俺は視線を下に戻した。
「そうだな、やっぱり止め……どうしてもというなら、売っても良いが」
未練がましそうに竜の爪を見る店主に、俺は屈した。
「ふふふ、どうしても!」
まぁ、良いだろう。
「但し、条件がある」
「ほう、何でしょうか」
流石に、聞く前に頷くようなことはしないらしい。
「それを売ったのが俺であるという情報を漏らさないこと、俺のことを誰にも話さないこと、この二つについて契約すること、これが条件だ」
「その程度であれば、勿論……というか、言われずとも話しませんよ。お客様の情報には守秘義務がありますからね」
「それでも、契約だ」
店主は躊躇うことなく頷いた。守秘義務と言っても、警察等の公的機関を相手に機能するかは怪しいからな。
「では、少々お待ち下さい」
店主は竜の爪を大事そうに包み、部屋の奥へと消えていった。




