妖しい奴
あれから霧生も混ざり、三人で混戦を繰り広げた後、俺はもう一度山を修復することになった。そして、屋敷に帰り、少し話したところで俺は立ち上がった。
「じゃあ、俺は帰るぞ」
「しかし、老日殿。もう夜も更けだ。今から帰る訳にもいかないだろう」
「転移で帰れば問題ない」
「長距離の転移は痕跡が残る危険性があると言っていたでは無いか」
まぁ、そうだが。
「……最近は、もう良いんじゃないかと思ってる」
既に、色々やらかしてるしな。事後処理で何とかなってはいるが、忍者に存在がバレたり、一級に存在がバレたり、もう正体が隠せているとは言えない。
「なに、たった一日だ。御日も老日殿が居た方が嬉しいだろう?」
「……うん」
少し申し訳なさそうに頷く御日。
「……分かった」
人の家に泊まるのはあんまり好きじゃないんだが、しょうがない。
「さて、老日殿。酒は好きか?」
「そこそこだ」
俺がそう答えると、霧生は上機嫌な様子で奥へと消えていった。
「刀の人、誰に剣を習ったの?」
唐突に御日が問いかけた。
「誰……って言うと、難しいな。俺は色んな人から習ったからな」
最終的には、俺の剣としか言えない代物になったな。まぁ、魔術や特殊な力を扱える剣士にとっては当たり前の話なんだが。
「私も、強くなる」
御日の方を向くと、決意を固めたような目を俺に向けていた。
「刀の人……イサミより、強くなる」
「そうか」
俺は冷めた茶を飲み、ふっと息を吐いた。
「頑張れよ」
「うん」
奥から現れた霧生が机の上に酒瓶を置き、つまみを広げた。
「さて、飲むぞ。老日殿。御日も飲むか?」
「お酒、飲んだら弱くなるって言ってた。おじいちゃんが」
ジーッと睨むように霧生を見る御日に、霧生は笑みを浮かべた。
「ハハッ、これは参ったな。だが、今の闘気を扱える御日ならば問題ないぞ?」
霧生の言葉に、御日はぶんぶんと首を振った。
「飲まない」
「むぅ、そうか。まぁ良かろう」
それから、霧生はこちらに視線を向けた。
「老日殿は?」
「飲むぞ」
どうせ酔えはしないが、酒自体は嫌いじゃない。
♢
布団の敷かれた部屋の中で起きると、そこには黒い髪の少年が胡坐をかいて座っていた。
「やぁ、こんにちは」
「……誰だ?」
俺の問いに、少年は微笑んだ。
「いやぁ、義鷹に会いに来たんだけど……何か凄いのが居るからさ。気になっちゃってね」
「それは、俺のことか?」
少年は頷いた。何か凄いのって何だ。
「僕は色々な物を透かして見ることが出来るんだけど、君は中々、異常だ」
「異常で言うなら、アンタもだ。見たところ……アンタは、人間じゃないだろ?」
俺の問いに少年は口角を裂けんばかりに上げ、そして……
「あはは、正解!」
地面の中にずぶりと沈んだ。畳から頭だけを出した状態の少年は、楽しそうに笑みを浮かべている。
「僕は妖怪、その名も……」
少年の体が完全に地面に沈み込み、その姿が消える。
「――――ぬらりひょん」
背後、天井からぬらりと現れた少年は楽しそうに笑っていた。
取り敢えず霧生を呼び寄せ、俺達は畳の上に座り込み、三人で向き合っていた。
「それで、この妖怪は何だ?」
「だから言っただろう? ぬらりひょんさ」
「……それはな、儂の古い友のようなものだ」
霧生の言葉に、ぬらりひょんは眉を顰める。
「酷いなぁ、義鷹。それだとか、友のようなものとかさ」
「もう数十年も会っておらんだろう」
「時間が経てば友じゃなくなるって言うのかい? 全く、酷いなぁ! 義鷹は酷いなぁ!」
「やかましいぞ、瓢」
頭を抱える霧生。しかし、ヒョウは名前みたいだな。
「ぬらりひょんは名前じゃないのか?」
「勿論さ。それで言うなら、鎌鼬なんて何匹居るんだって話だろう? まさか、全員にかまいたちって名前を付ける訳にもいかないよね。だから、僕のことは瓢って呼んでよ。瓢箪の瓢さ」
「あぁ、分かった」
「そもそもだ」
霧生が会話を遮るように言った。
「儂はお前を友であると認めたことは無いぞ。お前はいつもやかましく、儂を煽り立てておったからな。儂の修行の邪魔ばかりしていた輩を友と認める訳も無い」
「あはは、酷いなぁ。僕は義鷹の修行になると思って色々と手を尽くしてあげたのにさ。実際、強くなったでしょ?」
「……全く」
図星を突かれたように黙り込む霧生。
「それで、何をしに来たのだ。まさか、用も無く来た訳では無かろう」
「いや、それがね……」
俺の方に視線を向ける瓢。邪魔かと思い立ち上がろうとするが、制止される。
「やっぱり、君も聞いてて良いや。霧生の友達なんでしょ?」
「友達、か……」
「まぁ、共に酒を飲み交わしたのだ。友と言って良いだろう」
「ねぇ、その考えで行くなら僕も君の友達だよね?」
霧生は瓢の言葉を無視している。
「……はぁ、まぁ良いや。聞かれたって別に良いしね」
溜息を吐くと、瓢は姿勢を正した。
「んんッ、単刀直入に言うよ」
咳払いをした後、瓢は言った。
「――――那須野原の玉藻前、白面金毛九尾の狐が蘇った」
突如、ガラガラと襖が開いた。
「……誰?」
現れた御日は、眠たげに目を擦りながら言った。




