血統
黄金の輝きを僅かに残した真紅の刃、燃え盛るそれには、闘気と神力が宿っていた。
「ッ!」
何故、御日がその力を使えるのか。代償はどうなるのか。巡る思考に結論を付けるよりも先に、俺は目の前の刃に対処する必要があった。
「ぐ、ッ!」
全ての闘気を防御の為だけに利用し、全力で剣を振り上げる。
刃と刃、闘気と闘気がぶつかり合い、凄まじい衝撃が腕に伝わってくる。神力を帯びた斬撃はギリギリで俺の力を上回り、俺の剣を弾き上げた。
「ハァ、ハァ……ふ、ぅ」
「……御日?」
しかし、御日の刃は俺の剣をかち上げたところで止まり、そこからゆっくりと地面に降ろされた。その刃は元の黄金色を取り戻し、炎は消え、神力も失われていた。
「負、けた……」
俯き、荒い息を吐き続ける御日。その足元に血が流れた。
「いや」
俺の言葉に反応し、顔を上げる御日。
「俺の負けだな」
「ッ!」
俺の体には無数の切傷が刻まれている。刀が衝撃した際の闘気と神力の余波によるものだが、少しでも傷を負ったら負けと言った以上、勝負の行方は明白だろう。
「私、勝った?」
「あぁ、そうだ」
御日はふっと笑みを浮かべた。
「やった」
嬉しそうに笑う御日の頭に手を乗せ、そのまま肉体の情報を探った。
「……何だ?」
確実に霧生と同じ力の筈だ。感じた神力も同じもの。恐らく天照のものだ。だが、御日の体内には殆どダメージが無い。というか、天照の利用によって生じたであろうダメージは一切無い。
「老日殿」
「あぁ、今調べてるが……悪影響は無いように見える」
俺の言葉に霧生も頷く。御日が不思議そうに俺達を見上げる。
「儂にもそう見える」
「だが……何故だ? まだ最初だから、影響が出る程じゃないって話か?」
俺の考えに、霧生は横に首を振った。
「否、それは有り得ん。今の御日より剣技も肉体も成熟していた儂の一度目でも尋常じゃない負荷がかかった。御日のこの体で受け止められるとは流石に思えん」
まぁ、そうかも知れないな。
「……そうか」
霧生が何かに気付いたように御日を見る。
「巫女の血、か」
「血?」
霧生は頷き、話を始める。
「儂や御日が扱う天日流、その根源は天照様への信仰。天日の剣舞もそうだが、儀式の類いはこの霧生家の祖たる天日家が請け負っていた。男は剣士に、女は巫女に。それが天日家の決まりであったという」
男は剣士、女は巫女……昔の慣習で言えば、御日は異常な存在かも知れないな。
「この霧生の家にも、天日の血は流れている。つまり……巫女の血筋は受け継がれているという訳だ」
「それが、御日が無傷であることとどう繋がるんだ?」
じっと話を聞いている御日。無事であったのは幸いだが、その理由を御日自身も知らないままではいつ危険に陥るか分からない。
「巫女は正統に天照様と接続できる権利を持つ。天照様の言葉を聞き、天照様に祈りを伝えられるという訳だ。その点、天日流の剣士は飽くまで無理やり力を借りているに過ぎない」
巫女は天照と接続して直接力を受け取ることが出来るが、剣士はそうじゃない。まぁ、遠くから思い切り力を投げつけられてるみたいなものか。
「じゃあ、今のは天照が空から御日を見ていて力を貸してくれたみたいなことか?」
「否。そんなことが起こるのならば、今がその時では無いだろう」
まぁ、そうだな。ベリアルと戦ってる時にでも力を貸してくれていれば良かった話だ。
「天照様に捧げる舞の要素を持つ動きと、刀に込めた祈り。そして、天照様の力を借りた剣技。全てを御日は見ていた」
霧生は御日に視線を向けた。
「儂の剣を見て、盗んだのだろう? 御日」
「うん」
一言で言い切った御日。あっさり言ってるが、そんな容易な話には思えないが。
「見て盗めるようなものなのか?」
「無理だ」
一言で言い切った霧生。俺は思わず御日を見た。
「……凄いな、御日」
「うん、ありがとう」
僅かに表情を綻ばせる御日。俺が頭を撫でると、霧生がこちらを見たので手を引っ込めた。
「巫女の血に、天日の剣か」
霧生は堪え切れない感情を笑顔にして浮かべた。
「御日は、強くなるぞ」
どこか狂気の滲んだような笑みに、俺は霧生の背を叩いた。
「おい、アンタの考えを押し付けるようなことはするなよ」
「あぁ、面目ない。少し、興奮してしまった」
この爺は、少し危ないな。御日の様子は偶に見ることにしよう。
「だが……御日」
霧生を見上げる御日。
「お前も、強くなりたいだろう」
御日は不思議そうな顔をしたまま、当然のように頷いた。
「うん」
俺は長い息を吐き、暗くなってきた空を見上げた。
「似た者同士だな」
血は争えないということだろう。闘争と強さを求めて止まない求道者。その道を歩む為の手段として刀を選んだ剣士。御日も戦いの中に生きて戦いの中に死ぬのだろうか。三十年前から様変わりした地球、その前後、どちらに生まれるのが御日にとって幸せだったのか。
「……俺が考えることじゃないな」
誰かの人生の幸せについて考えるなんて、きっと傲慢だ。御日は好きに生きれば良い。
「刀の人……戦ってくれて、ありがとう」
「あぁ。一応、まだやりたいならやっても良いが」
もし、御日自身が自分の人生を不幸に思うようなことが起きれば、その時は助けてやれば良いだけだ。
「んー……ちょっとだけ」
「分かった。やるか」
俺は再び剣を抜き、ここからは稽古として付き合うことにした。




