一息
味噌汁を啜り、暖かい息を吐く。
「時に、老日殿。あの刀は……」
「あぁ、貰って良い。ただ、条件がある」
霧生は箸を置き、俺の言葉に耳を傾けた。
「アンタもハンターになって、偶には御日と一緒に戦ってやれ」
「……ハンターというのは、特殊狩猟者か」
霧生の言葉に、俺は頷いた。それまでマイペースに食べていた御日が動きを止め、チラリと視線を向ける。
「儂が、狩人か……確かに、今ならばそれも叶うかも知れんな」
霧生はニヤリと笑い、箸を持ち直した。
「謹んでお受けしよう」
御日の表情が綻んだのを見て、俺は息を吐く。
「それは良かった。だが、そもそもアンタは何でハンターじゃないんだ? アンタくらい腕が利くなら、ハンターで金を稼ぐくらい出来ただろう」
「……難しかろう」
続きを促すように俺が視線を送ると、霧生は仕方なさそうに話し始めた。
「三十年ほど前か。この世ならざる者達が現れ出したのは」
「あぁ、異界接触現象だな」
「その時、儂は山に籠って修行をしておった。元々から妖の多い鞍馬の山であったが、その日からは正に混沌の極みであったな」
妖……居るんだな。
「空を舞う巨大な竜、見上げるような大木を片足で薙ぎ倒す虎、近付くだけで臓腑が腐る魔物、儂一人では手に負えん怪物どもがその山には次々に現れては、お互いを殺し合っていた」
「その山から逃げることは出来なかったのか?」
「山から逃れようにもどういう訳か幾ら走っても山から出れんのだ。一縷の望みで天狗共に頼ろうにも奴らは結界に籠って出てこんときた」
天狗……居るんだな。
「半年か一年か、暫くはその山で儂は戦い続けておった。その中で、天照様の力は何度も使うことになった」
流石に、さっきの一回であそこまでの重症になった訳ではないのか。
「天照様の力を借りねば倒せぬ魔物ども。その天照様の力も、もう限界近くまで使い切った。人一人で抗うには、奴らは余りにも強い……この老いぼれが、時代遅れの剣なんぞで抗う必要も無いと、そう考えておったのだ」
「……なるほどな」
霧生の話は、粗方理解した。
「恐らくだが……大抵の魔物は、ただの剣技と闘気だけで倒せるぞ」
「……ぬぅ?」
話に出た竜のような化け物は、殆どの異界で出ないだろう。出るとしても、始めは立ち入る権利すらない上位の異界だ。
「そもそも、アンタで無理なら御日がどうやって異界で狩りをしてると思ってるんだ」
「御日は余り自ら話をせぬからな……ただ、儂の考えでは徒党を組み、銃や魔術を使って狩りをしていたのだろう、と。そして、若者たちの中にこの老いぼれが混ざる訳にもいかんだろう?」
「その考えだと、御日が活躍する余地が無くないか?」
「いや、魔術と銃だけであれば近距離まで接近された際に危険が伴う。御日はそれに備えた護衛のような役割を持っていたのだろうな。儂の孫娘だ。腕も悪くない。そのくらいの役目は果たせるだろう」
御日に自信があるのか無いのか分からないな。
「……テレビとか、見ないのか?」
「ほぅ、異なことを言うな。この家のどこにテレビとやらがあるものか」
薄々分かってはいたが、やっぱり無いか。
「……そういえば、どうやって山からは抜け出したんだ?」
「いつの間にか出れるようになっていた」
明らかに作為的なものを感じるな。鞍馬の山、後でステラに調べて貰おう。
「ご馳走になった」
手を合わせて言うと、霧生も最後の一口を放り込んだ。
「御日が食い終われば……腹ごなしの手合わせでもしたらどうだ?」
「俺と御日でって話か?」
頷く霧生。
「あぁ、そもそも御日とはやる予定だったからな。問題ない」
さて、取りあえず山の修復もしないといけないよな。
「山を直して来る」
「直す、とは……元の姿に戻すということか?」
怪訝な顔で尋ねる霧生。
「あぁ、そうだ。魔術でな」
「……魔術、か。やはり剣だけで魔物に抗うのは難しいのではないか」
こいつの中での魔術はかなり優秀な代物らしいな。
「恐らくだが、俺と同程度の魔術を使える奴は、日本にもそう居ないぞ」
「ふむ……一度、魔術についても習ってみるか」
聖剣に刻まれた魔術も込みで考えれば、俺の魔術を超える奴は地球上に居ないだろう。
「じゃあ、行ってくる」
御日が食べ終わるくらいには帰れるだろう。
♢
魔術によって山を修復した俺は、その頂上で御日と向き合っていた。
「折角だからな。勝負の形にしよう」
御日はこくりと首を傾げる。
「御日の出せる全力の一撃を俺が受け切れるかどうかの勝負だ。少しでも傷を負ったら俺の負け、どうだ?」
「うん、良いよ」
流石に普通に戦えば結果は明白だからな。実戦に近い形式で実力を見るのは後にしよう。
「俺は闘気しか使わない。いつでも良いぞ」
俺は虚空から剣を抜き、体内の魔力を闘気に変換していく。
「…………」
御日は片膝を突くような体勢で、刀の柄に手をかけたまま俯いて動かない。しかし、その体からはじわじわと闘気が溢れ出している。
「天日流」
御日の口から、漸く言葉が紡がれた。
「奥義……」
御日の目が開く。顔が上がり、俺と目が合った。
「――――天陽閃」
踏み出した御日、鞘から抜き放たれる黄金の刃は赤く染まり、その刀身からは紅蓮の炎が噴き出していた。




