代償
倒れた霧生。慌てて御日が駆け寄ってくる。
「おじいちゃん……大丈夫?」
「あぁ、確かめる」
俺は倒れた霧生の傍に屈みこみ、手を当ててその容態を確かめた。
「……ぁ?」
何だ、これ。
「ねぇ、おじいちゃん……大丈夫、だよね?」
「ちょっと待て」
身体中がボロボロどころの騒ぎじゃない。骨は全てが焼却炉に入れられたように黒く煤けて脆くなっており、臓器も同じように煤けている上に穴だらけで、心臓も止まろうとしている。
「……これは」
身体中が焼かれたようだ。筋肉も溶けかけている。皮膚に何の異常も無いのが不思議なくらいで……まさか、代償か?
「……刀の、人?」
不安そうにこっちを伺う御日。俺は睨みつけるように霧生を見たまま、視線を返せない。しかし、この様子なら回復魔術も効かないだろうな。
「一応、試すか」
俺は霧生に手を当てたまま回復の魔術を唱えた。すると、体内の環境はみるみるうちに再生し、元の姿を取り戻した……が、直ぐに焼けるような音がして、元の黒焦げた体内に戻った。
原因は分かっている。過剰なエネルギーだ。神力と闘気、過剰なそれらの力を許容できなかった肉体は常にオーバーヒートしているような状態になってしまったんだろう。
「……しょうがない、か」
「こ、れ……おじい、ちゃん……治る、の?」
御日も霧生の容態について自分で把握したのか、泣きそうな顔で尋ねて来た。
「あぁ、治す」
だが、心配は要らない。本来ならこっちでは使いたくない代物だったんだが……しょうがない。霧生だけならこのまま死なせていることも出来たんだが。
「御日を残して死んで貰う訳にはいかないからな」
俺は虚空から黄色い果実を取り出した。仄かに光を放つそれはアムリエの実、精霊の森にだけ生える特別な樹から取れる、特別な実だ。
「刀の人、それ……何?」
「一言で言えば、若返りの実だな」
手の平に収まる程小さなその実は、霧生の口から簡単に体内に入っていった。
「これなら、肉体の情報を巻き戻せる。オーバーヒートした肉体も、元に戻るだろう」
「ッ、治るの……?」
俺が頷くと同時に、霧生の体がドクリと跳ねた。
「ぉ、ぉおッ、ぉおおおおおおおォォッ!!!」
雄叫びと共に霧生が起き上がり、そのまま勢いよく立ち上がる。
「ぬ、ぅ……これ、は?」
自身の手を広げて見る霧生。そこに刻まれていた筈の皺は薄く消えかかっている。
「まぁ、四十から五十くらいか?」
「……馬鹿な」
唖然としたようにしながら、自然な動作で刀を抜く霧生。それから何度も刀を振るい、そして鞘に納めた。
「四十六、か」
「……今ので分かったのか?」
頷く霧生。体の動きで肉体の年齢が分かるのか。自分の体とは言え、凄いな。
「それより、霧生」
「あぁ」
俺の方を向く霧生。その顔はさっきまでよりも幾分か若さ取り戻している。だが、何というか渋みは抜けて無いな。
「アンタ……死ぬ気だったのか?」
「死んでも良いとは、思っていた」
空を見上げて言う霧生を、俺は睨むような目で見た。
「死のうと思っていた訳ではない。もう二度と戦えなくなる程度の覚悟はあったが、ここまでになるとは……少し、興が乗りすぎた」
憮然とした態度の霧生に、俺は一歩詰め寄った。
「アンタ、御日のこと忘れたって訳じゃないだろう」
「あぁ。だが、御日のことを思えば寧ろ、儂はここで骸となった方が良かったかも知れん。戦って分かったが、老日殿が本気を出せば儂よりも全く強いことは分かっている。なれば、儂がここで死んで老日殿が御日を引き取る形になるというのが――――ッ」
俺は霧生の胸倉を掴み上げた。霧生は僅かに動揺しつつも、抵抗はしない。
「じゃあ、その御日を見てみろ」
俺が視線を促した先では、御日が目を赤く腫らし、目尻から涙を零していた。
「ッ、御日……」
「分かるだろ。アンタが居なくなって悲しむのは御日だ。自分の命は自分のものだが、その重みはアンタだけのものじゃない」
霧生は黙り込み、静かに目線を合わせた。
「他人の家庭環境にあんまり口を突っ込む気は無いが……アンタは、ちゃんと愛してやれ。家族だろ」
じゃないと、俺みたいになる。その言葉を言いかけて、呑み込んだ。
「そう、だな……すまなかった。御日」
「ううん……私も止めたり、しなかったから……」
これ以上はもう俺が言うべきじゃないな。
「……俺は、帰った方が良いか?」
「あぁ、いやいや老日殿。時間も夕方を過ぎた頃だ。夕飯を食べて行くと良い」
引き留められたか。まぁ、断るのも悪いからな。
「じゃあ、遠慮なく」
「うむ。何なら泊まっていっても構わんが」
「いや、流石にそこまで世話になる気は無い」
何はともあれ、これで一件落着だな。
「……ふぅ」
武人や達人って奴は大抵が自分勝手だ。その癖、自分の命を軽く見ている節がある。自分の中の流儀やこだわりを重視するあまり、周りにかかる迷惑や自分が居なくなった後のことを考えていないんだ。
俺はそうやって目の前で命を捨てる奴を何人も見てきた。そして、俺は常に取り残される側だった。俺の為に犠牲になった奴だって何人も居た。
「……孫が居るんだ。アンタはそうなるなよ」
聞こえないように呟いた言葉だったが、若返った霧生の聴力はそれを捉えたらしく、ニヤリと笑って俺を見た。




