天日流、その神髄。
霧生から滲み出す闘気と神力。その内の闘気は、明らかに先程とは比べ物にならないような量が溢れている。
「望むところだが……」
俺は周囲を見回した。庭には既に無数の斬撃痕が刻まれ、家にも僅かに被害が出ている。
「流石に、ここでやる訳にはいかないだろう」
「……儂は構わんが」
「御日も住む家だろう。勘弁してやれ」
「私も、我慢する」
むぅ、と渋るような霧生だが、御日を家無き子にしてやる訳にはいかない。
「この山の上で良いだろう」
家のすぐそばにある背の低い山。その頂上を指差した。
「あぁ、良かろう」
走り出そうとした霧生を止めた。
「抵抗するなよ」
一応念押しした上で、俺は御日と霧生を意識に捉えた。
「転移する」
景色が一瞬にして入れ替わり、俺達は山の天辺に立っていた。
「これは……魔術か」
「あぁ、そうだ」
「凄い、私もやってみたい」
「この魔術を教えるのは流石に骨が折れるな……」
転移の魔術はそう簡単じゃないからな。
「結界も張った。周囲を気にすることも無い」
山の所有者には悪いが……まぁ、後で直せば良いだろう。
「それと、この状態はそう長く続かん上に……終われば、碌に動けん」
あぁ、時間制限付きか。
「良いぞ。いつでも」
「そうか……ならばッ!」
眼前に迫る霧生。俺は一瞬で闘気の変換率をほぼ百パーセントまで引き上げた。それにより、俺から凄まじい量の闘気が溢れる。
「ッ!? 凄まじい闘気……だが」
霧生の刃は俺の闘気を切り裂きながら迫る。速く鋭いその刃は、制限時間付きとは言え一級に届き得るだろう。
「天日流、日天朝暉」
「ッ!」
振り上げられる刀。その威力は闘気を全開にしている俺の剣すら弾き上げた。
「剣神楽」
勢いを増す霧生の刃。最小限の動きで最大量の斬撃を叩き込む、凄まじい技巧の剣だ。
「ッ、これは……!」
隙が無い。止まない斬撃の雨、そこから抜け出せない。どれだけ刃を避け、往なし、防いでも、きっかけが無ければここから抜け出すことは出来ない。
「まさか、これで終わりではなかろうッ!!」
力任せに弾くか? いや、それを見極められて受け流されれば致命的な隙が出来る。そうなれば負けだ。そして、この男は間違いなくそれを見極めてくる。
「……いや」
胴に迫る刃を避けると、次に刃は首に迫る。連続する斬撃は、ランダムに見えて違う。規則性がある。同じ動きを、何度も繰り返している。
「ここだ」
胴、首、膝、腕、そして……首。刃が迫るその瞬間、俺は刃を掻い潜るように姿勢を低くして霧生の懐に潜り込んだ。
「ッ!」
声にならない動揺が聞こえる。俺はそのまま剣を振り上げ、霧生の腹部を切り裂こうとして……
「紅鏡ッ!」
赤い刃が振り下ろされ、鏡のように刃が縦にぶつかり、弾かれた。まるで威力をそのまま返されたかのような感覚に眉を顰めるが、霧生の刃はもう迫っている。
「今ので仕留めきれると思ったんだが」
「甘く見て貰っては困るなッ、老日勇ッ!!」
刃を避け、刃を返す。だが、霧生も同じように刃を避けて刃を返す。紙一重の攻防、その繰り返しだ。
「ッ!」
「天日流、奥義ッ!」
霧生は俺の剣を避けると同時に後ろに跳んだ。
「炎天苛烈ッ!!」
放たれるのは無数の斬撃。闘気と神力によって構成されたその刃たちは、一言で言うならば燃え盛る光の刃だ。
「『赤尽』」
一瞬にして放たれる無数の炎刃。だが、それに対抗する力は俺にもある。剣を数度振るうと、それだけで赤い斬撃の波動が無数に放たれ、炎刃とぶつかり合っていく。
だが、ここがチャンスだ。俺は刃と刃がぶつかり合い、容赦なく山の自然を破壊していく中を通り抜け、霧生に向かっていき……
「ッ、同じ考えか」
「そのようだなッ!」
その途中で同じように向かってきていた霧生とぶつかった。
「『赤葬』」
横に剣を振るうと、刃から闘気の刃が全方向に放たれる。この至近距離、回避は間に合わない筈だ。
「天日流、赤鴉の舞」
霧生は流れるような動きで避け切れない刃は刀で防ぎ、そうでないものは舞うような動きで回避していく。
「そろそろ、こちらに番を返してもらおうかッ!」
横に薙がれる刃。俺に一歩届かないそれから闘気と神力の刃が放たれ、俺の闘気を切り裂いて肌を切る。僅かに血が噴き出すが、一瞬で修復された。
「天日流、奥義ッ!」
高く跳び上がった霧生。天に向けて振り上げられた刃が、真っ赤な光を強烈に放つ。
「炎陽恩光ッ!!」
空中で振り下ろされる刃。そこから、巨大な紅蓮の斬撃が放たれる。闘気と神力によって構成された斬撃は太陽の如き光を発し、メラメラと燃えている。
「だが」
回避は、十分間に合う。俺は思い切り横に飛び、元居た場所の地面に斬撃が入り込んでいくのを見た。
「……これはヤバいな」
巨大な斬撃は炎を伴って山を縦に切り裂いた。隠しきれないその傷跡に、俺は事後処理の憂鬱さを思い、溜息を吐いた。
「いや」
それどころじゃない。霧生の姿が見えない。
「そこか」
強烈な斬撃によって撒き散らされた闘気と神力。それによって隠されていた気配を探り当て、そちらを見ると……刀を鞘に納め、眼を瞑り、片膝を突いた霧生が居た。
「天日流、奥義……」
掠れるような声が響き、俺の背筋に寒気が走った。
「――――天照」
鞘から刀が抜かれると同時に溢れたのは眩い光。その光は山を埋め尽くし、俺の視界を焼き切った。
「『赤星』」
俺はほぼ全ての闘気を刃に流しながら、首筋に迫る刀に剣を振り上げた。
「ぬぉおおおおおおおッッ!!!」
「ッ!」
ぶつかり合う刃。その衝撃で溢れた闘気と神力が小さな刃となって俺の身体中に傷を付けていく。
「悪手、だったか…ッ!」
闘気を切り裂く刀と、闘気をねじ伏せる神力、純粋な打ち合いとなれば、負けるのは俺だ。一撃で打ち勝てればその限りでは無かったが、読み違えたな。
「ぉおおおおおおおおおおおッッ!!!」
「ぐ、ッ……!」
刀に籠めていた闘気の殆どが消えた。後は、魔素による純粋な身体能力しか残っていない。徐々に押されていく中……霧生の力が僅かに弱くなった。
「退、け……ッ!!」
全力を籠めて剣を持ち上げ、俺は霧生の刀を弾き上げた。
「ぐぬッ!」
「終わりだ」
霧生の首筋に剣を添え、俺は終わりを宣言した。
「……そう、か」
霧生の体から力が抜け、糸の切れた人形のように地面に倒れた。




