天日流、その真髄。
霧生の体が一瞬で消える。現れたのは背後、振り向きながら俺はギリギリで剣を頭上に構えた。
「ッ、その歳で良くそこまで動けるな」
金属のぶつかる音が頭上で響き、体を後ろに逸らすと、刃が眼前を通り抜けていった。
「弛まぬ鍛錬の成果、という奴だ」
霧生は一度距離を取り、刀を構えた。
「さて、見せてやろう……天日流の剣技を」
霧生が一歩踏み込む。それと同時に振り上げられる刃。
「天陽耿々」
太陽の光を刃が反射し、闘気によって増幅されて俺の目を焼く。そのまま振り下ろされる刃を、俺は気配だけで避ける。
「九陽之幻」
闘気が揺れる。気配が揺れる。前後左右、四方八方、若しくは頭上。あらゆる場所から霧生の気配が、殺気が、闘気が迫る。
視界を奪われたこの状態、どちらから斬撃が来ているかも分からない。このままいけば、俺は斬られて負けるだろう。
「『闘気解放』」
体内の魔力の三割程が、一瞬にして闘気に切り替わる。爆発的に赤いオーラが溢れ、迫っていた刃を霧生ごと吹き飛ばした。同時に、視界が回復する。
「ハハハッ! まさか、これほどとはな……正直、驚いたぞ」
霧生は倒れることなく堪え、笑顔を浮かべながら刀を構えなおした。
「その闘気……どれだけ戦えば扱えるものか、計り知れんな」
「まぁ、死ぬ程だ」
魔術は使わないと決めはしたが、闘気までは封じていない。
「偶には、こういうのもアリだな」
闘気と闘気、刃と刃のぶつかり合い。至極単純で、簡単な勝負だ。
「だが……一つだけ、残念なことがある」
「……」
俺は霧生の持つ刀、その刃に視線を送った。
「その刀……曲がってる上に、今の戦いで罅まで入ってる。芯もズレている以上、それで俺と戦うのは無理だろう」
俺みたいにゴリ押し可能なパワーの持ち主であれば違ったかも知れないが、霧生は真の意味で刃を武器にしている。粗悪な得物を使っていれば、その実力は大きく落ちる。
恐らく、金に困って元々の得物は売ってしまったのだろう。
「今更、ここでやめろと言うか。儂は断るぞ、刃が砕き切るその瞬間までは戦わせてもらう」
「そうじゃない」
俺は首を振り、片手を横に伸ばした。空間が歪み、手が虚空に消える。
「これを使え」
「ッ、これは……」
虚空から引き抜いた刀を鞘ごと霧生に投げつけた。
「能源不知外道斬」
御日のものよりも一回り大きいそれは、三代目の勇者が直々に打った逸品だ。
「その刀は、力を斬る。もっと分かりやすく言えば、エネルギーだな。魔力を斬り、闘気を斬り、熱すらも斬る。元々は……いや、何でも無い」
死んだ仲間が使っていた刀だ。思い入れはあるが、実際に使って貰える以上に良いことは無いだろう。
「……良き、刀だ」
しみじみと、霧生は言った。鞘をゆっくり動かし、じっと刃を覗いている。その口角は高く、隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「あぁ……今日は、良き日だ」
霧生は遂に刀を抜き放ち、刃に真っ赤な夕日を浴びせた。
「感謝する。孫に続いて、儂までも施しを受けてしまうとは……あぁ、有難いことだ」
霧生は口角を上げたまま、刀を鞘に納めた。
「もう一度、心より感謝する。だが、老日殿……儂は、殺す気で行くぞ」
「あぁ、来い」
瞬間、霧生が俺の眼前まで一瞬で移動した。振り上げられる刃を回避すると、俺の体から溢れる闘気がぞわりと切り裂かれた。
「そろそろ、こっちから行くぞ」
踏み込んだ俺に、霧生は一歩退いて防御の構えを整える。
「『赤刃』」
赤い闘気に満たされた刃を霧生に振り下ろす。すると、霧生は刃をすり抜けるように回避し、俺の背後へと回り込みながら刀を振るう。
「ッ!」
ギリギリでその刃を躱しつつ、後ろに回る霧生に振り向く。
「『闘嶺断』」
「天日流、駕炎威光」
胴体を両断するように振るう紅蓮の斬撃。霧生はそれを跳び上がりながら避け、俺の真上に到達すると同時に頭を切り裂こうと刃を振るう。陽光が視界を奪い、闘気と気配が揺れて斬撃の位置を特定させない。
「危ないな」
上体を逸らして咄嗟に避けたが、頭髪の先端が僅かに切られ、宙を舞う。
「天日流……太陽を利用する剣術ってことか?」
「それも、間違いではないが……」
一瞬で距離を詰め、振り上げられる刃。俺はそれを剣で往なし、体を密着させて霧生の腕を掴もうとするが、一瞬の内に体を離される。
「天日流剣舞。元々は、天照様に捧げる剣だ」
アマテラス……天照大御神か。
「本来は刀を使った舞を捧げ、天照様のお力を借りる……だが」
霧生は刀を太陽に照らすように構えた。
「敵の目の前で舞を披露するというのも、おかしな話だろう」
「まぁ、そうだな」
霧生の掲げる刃の先端が、紅蓮に染まり輝きを放っていく。
「本質は、太陽そのもの。そして、祈りだ」
紅蓮の輝きは刃を完全に埋め尽くし、元は白かった刃を赤色に染め上げた。
「刀に闘気を、祈りを、陽光を……全てを注ぎ切れば、舞をせずとも儀式は完了する」
霧生の持つ刀から、紅蓮の炎が吹きあがった。煌々と輝くその炎から感じるのは、闘気と神力だ。
「これが、今を持って出せる儂の本気だ……とくと見よ」
闘気と神力の混ざる赤い輝きのオーラが、霧生の全身から滲み出した。




