戻ってきた日常
竜殺しに定められていた英雄の運命、それを断ち切った俺は、先ず竜殺しの体に異変が無いか確認した。
「一応聞いておくが、そのまま死ぬとかは無いよな?」
「……あぁ」
竜殺しは呆然としたように立ち尽くしている。
「……大丈夫か?」
「いや、大丈夫だ。ただ……いや、何でも無い」
竜殺しは自分の手を広げ、握り、また広げ、何かを確かめるように見ている。
「これで、アンタの不死性は失われた。これから生きようが死のうが、アンタの自由だ」
「あぁ、そうだな。ただ……」
竜殺しは地面に落ちていた剣を拾い上げ……
「ッ、おい」
自分の腕を斬り落とした。
「秘宝の力自体は失われていないらしい。復活は、流石にもう出来ないと思うが」
竜殺しの腕がゆっくりと再生し、十秒もしない内に復元された。だが、今までの巻き戻すような再生とは違う。
「……そういえば、力の代償は大丈夫なのか? その鎧も強化も、命を削る代物だっただろう?」
「それなんだが……どうやら、サービスしてくれたらしいな」
サービスか。まぁ、良かったな。
「今日は、色々と迷惑をかけて本当にすまなかった。それと、ありがとう。二人とも」
竜殺しは深く頭を下げ、そう告げた。
「別に良い。それより……死ぬ前に、漫画とか読んでみたらどうだ?」
「ふっ、漫画か……確かに、漫画やアニメの類いはあんまり見たことが無いな。今度、何か読んでみるよ」
そう言うと、竜殺しの体から赤黒い鎧が剥がれ落ち、消滅していく。
「ウィル、また頼ることになって悪かったな。助かった」
『あはは、自分から出てきただけだからね。気にしなくて良いよ』
聖剣からウィルの声が響き、漆黒の世界に広がる。
『そうだ、シン。もし君がこれから生きようと思ったなら……君の中の力と、一度向き合ってみて欲しい』
「名前を教えた記憶は無いんだが……分かった」
竜殺し……シンは神妙な顔で頷いた。
『それじゃあ、僕の役目は終わりだね……お休み。勇』
「あぁ、お休み」
聖剣が消滅し、俺の髪と目が元に戻る。
「じゃあ、帰るぞ。竜殺し」
「あぁ、いつでも良い」
俺は魔術を解除し、亜空の世界から地上に帰還した。
「……ふぅ」
思わず息を吐き、空を見る。まだ夜は明けておらず暗い空だが、空気が軽くなっているような気がした。
「彼は……蒼は、もう行ったみたいだ」
「ん、そうか。まだ戦力を必要としている場所はあるだろうからな。ここでいつまでも待ってる訳にもいかなかったんだろう」
アイツも、意外と真面目そうだからな。
「さて、帰るか」
「あぁ、気を付けて」
俺と竜殺しはお互いにそれぞれの道を歩き出した。
♦
あれから数週間が経ち、ボロボロになった街も殆どが復興された。民間人の被害も、何らかの奇跡によって数百人規模に収まったらしい。
「……出来たか」
時刻は昼過ぎ。俺はコンビニで買ってきた弁当をレンジから取り出し、机まで運ぶ。
「ん、スマホ……」
「カーテンの下です、マスター」
絨毯の上に座り込んだ俺の頭上を通り過ぎた機械の小鳥がカーテンを咥えて持ち上げる。
「その鳥、口から発声してる訳じゃないんだな」
「はい。声帯を利用して喋っている訳では無いので」
小鳥の頬辺りに開いた無数の小さい穴から声が聞こえている。そうなると、こいつの嘴は何かを咥える以上の役割は無いのか?
どうでも良い疑問を頭に浮かべながら俺は白米の上の梅干を口に放り込み、スマホのロックを解除した。そのままブラウザを開くと、あるニュースが目に入る。
「ん……表彰式か」
災害対策功労者表彰式。今回の事件における被害を最小限に抑えた者に対する表彰を行うという、協会主導の式典だ。
協会主導というところを見るに、自分のところのハンターが如何に活躍し、世間に貢献したのかをアピールする目的があるのだろう。とはいえ、命を賭けて戦った者が日の目を浴びるのは良いことだ。
(配信してるのか……ちょっと、見てみるか)
今日の十二時から始まっていたらしいその配信を開くと、壇上に一人の男が上がってくるのが映った。
「……七里?」
緊張した様子も無く、笑みを浮かべて壇上に上がったのは七里だ。女性の司会が手を伸ばして七里に視線を促す。
『協会所属の職員である彼ですが、彼を知っているという方も少なくないでしょう。元準一級ハンターの岩崎七里さんです!』
思ったよりもフランクな様子で行われている表彰式、その同時接続数は十万人を超えており、単なるニュースではなくエンターテイメントとしての一面も持っていることが分かる。
『彼は今回の災害で発生した崩壊現象の対処で大きな活躍を……』
しかし、そうか。あのカーラ・エバンスとかいう準一級のハンターも相当な人気があったようだし、等級の高いハンターはアイドルやヒーロー的な扱いを受けるのかも知れないな。
今思えば、そこらのスーパーやショッピングセンターでもハンターの誰々が愛用、みたいな表示を何度も目にした記憶がある。
『という訳で……七里さん、良ければ何か一言頂けますか?』
『はいよ。どうも、七里です。今はハンターなんて引退しちまってますが、崩壊の対応については何度か経験してたもんで……まぁ、何とか被害を抑えることが出来て良かったとだけ言っときます』
感謝の言葉を継げながら、司会がマイクを回収した。




