定められた運命
語り出した竜殺し、その表情は暗い。
「竜の巣に潜っていた俺達は、罠に引っかかり、眠れる竜を起こしてしまった。必死になって皆で逃げる中、竜の巣で集めた秘宝の全てを持っていた俺は後ろで倒れる仲間達を無視して、自分だけ逃げ延びた。今思えば、あの時の俺は秘宝の魔力に惑わされていたのかも知れないが……言い訳にもならない」
なるほどな。自責の念って奴か。
「しかも、俺はその日から……英雄の役目を背負うことになった。地上に出た俺は正気を取り戻し、直ぐに自分の罪を告白したんだ。だが……世界は、それを認めてくれなかった」
「世界?」
竜殺しは暗い顔で頷いた。
「俺がどれだけ自分の罪について話しても、皆忘れるか、勘違いするか、いずれにしても俺にとって都合の良いように世界が傾くんだ」
「……なるほどな」
正に、運命だな。
「世界は俺が英雄を辞めることを許さない。その役目を放棄しようと家に籠っていれば、嫌がらせのように俺の周囲でばかり人が死ぬ」
竜殺しは両手に握った剣を取り落とし、強く拳を握った。
「俺のせいで……俺のせいで、どれだけの人が死んだのかも分からない。俺が運命を拒もうとすれば、俺じゃない誰かがその犠牲になるんだ」
「……最悪だな」
「あぁ、最悪だ。俺は……俺は、死ななきゃいけないんだ。アイツらに償う為にも、これ以上誰も死なないようにする為にも」
強く握られた拳。赤黒い籠手の中から血が滴り落ちる。
「……死にたいんだ。償いたいんだ……死にたいんだ」
竜殺しは、崩れ落ちるように膝を突いた。
「……なぁ、頼む」
竜殺しは俯いていた顔を僅かに上げ、暗い瞳で俺を見た。
「俺を、殺してくれ」
俺は何も言えないまま、ただ視線だけを返す。
「……俺は、アンタを背負えない」
「背負わなくて良い。だから……無責任に、俺を殺してくれ」
俺は首を振った。
「無責任に人を殺すなんて無理だ。アンタも分かるだろ」
「……そう、だな」
竜殺しは視線を落とし、俯いた。
『――――勇』
痛々しい沈黙の中、慈愛に満ちた声が響いた。
「ウィル……」
『いやぁ、眠るつもりだったんだけどね』
俺と竜殺しの間に突き刺さったのは聖剣、ホーリーウィル。
『随分暴れてるみたいだからさ、覗いてみたら……どうやら、僕が必要だと分かってね』
「だが……ウィル」
『うん、分かってる』
俺の前に、金髪碧眼の美青年が現れた。但し、その肉体は僅かに透き通っている。
「……君は、一体」
『僕かい? 僕は……そうだね。この剣の精霊みたいなものさ』
竜殺しは不思議そうにウィルを黄金の瞳で見上げている。その目に何が映っているのか俺には分からないが、その表情には困惑が滲んでいる。
『君は、死にたいのかい?』
「そうだ。俺は、死にたい。俺が生き続けても、周りの人は不幸になるだけで、俺が殺した仲間達も俺が活きることを許さない筈だ。人々の為にも、贖罪の為にも……俺は、死ぬべきだ」
『うん。僕が思うに、君は間違ってる』
簡単に言い切ったウィルに、竜殺しは眉を顰める。
『人々の為を思うなら君はその力を使うべきだし、仲間に詫びたいなら死んで楽になるなんて許されない』
「ッ」
ウィルは穏やかな表情を浮かべたまま話す。
『僕が思うに、君はそこまでの罪の意識を背負う必要は無いと思うんだけど……それでも、贖罪の為にって理由なら、生きるべきだよ』
「君に……君に、何が分かる」
『あはは、分かるさ。さっきは剣の精霊なんて言って誤魔化したけど……』
ウィルがこちらの様子を伺うように見てきたので、俺は頷きを返した。
『僕は、勇者なんだ。この世界のじゃないし、元って枕詞が付くけどね。ただ、君の境遇と似てる部分はあると思うよ。気持ちを分かってあげられるとまでは、言わないけどね』
「……」
竜殺しは何も言えないまま、ウィルを見ている。
『君が辛いのは、凄く分かる。死にたくなるのも分かる。ただ、死ぬ為の理由を贖罪にするのはダメだ。それは、君が詫びたいと思ってる人達への侮辱になる。君も、本気で死ねば許されると思ってる訳じゃないだろうし』
「ッ! だったら……でも、俺は……死にたいんだッ!」
『うん。辛くて苦しくて、どうしようもなくて死ぬって言うなら止めはしない。だけど、その前に……せめて、運命に縛られない人生を少しだけ生きてみて欲しいんだ』
ウィルは竜殺しの肩を掴み、顔を上げさせる。
『英雄の運命から解き放たれた人生は、案外楽しいかも知れないよ? それを試さずに死ぬのは勿体無いからね……それと、君の贖罪の気持ち自体は嘘じゃないんだよね』
「あぁ」
『だったら、君の運命によって死んだ人達と同じ数の人間を救うまでは生きてみよう』
「……最後に、贖罪か」
『最後にするかどうかは君次第だけどね。贖罪を終えるまでに、君は何か生きる理由を見つけられるかも知れないし、守るべき人を見つけるかも知れない』
「君は、残酷だな」
竜殺しは、起き上がった。
『あはは、良く優しいって言われるんだけどね……じゃあ、それで良いかな?』
「あぁ、分かった」
ウィルは僕に視線を送り、聖剣の中へと消えた。
「ウィルが居ると助かるな。こういうのは、本当に苦手なんだ」
俺は地面に刺さった聖剣を抜いた。すると、その力が俺に流れ込み、身体に目まぐるしく変化が起きる。
「じゃあ、斬るぞ」
俺は聖剣を振り上げ、目の前に立つ竜殺しの体を……その内を流れる運命を見据えた。
「――――アンタの、運命を」
聖剣に光が満ちる。俺は静かに刃を振り下ろした。




