消失
バエルは俺を睨みつけ、パイモンは冷たい笑みを浮かべた。
「死にたいか。そうか、ならば直ぐに殺してやろう」
「家畜風情が……ふふ、もう泣いて喚いても遅いわよ?」
バエルの振り下ろした棍棒を剣で受け止める。すると、障壁を超えて振動と痺れのような感覚が伝わって来た。この棍棒、神器の類いか。恐らく、槍もそうだな。
「あぁ、言うだけはあるな」
「貴様……人風情が、この我を見下すか」
怒りの形相を浮かべ、バエルは更に槍を突き出した。適応障壁まで貫通し、背理障壁まで到達された。
「ッ、この障壁……生意気な」
背理障壁によって阻まれるバエルの槍。この障壁に関しては、単なる力押しではどうやっても突破できない。だが、防御の際には最も多く魔力を消費する。このまま攻撃され続ければ危ういだろう。
「兎に角攻撃し続けろとのお達しだ、バエル」
「ッ、ルキフゲ……良いだろう」
「ふふ、ベレトにプルソン、ソロモン様が力を合わせて解析すれば直ぐでしょうね」
猫の頭をした悪魔、ベレトの能力は一言で言えば共有だ。こいつらが俺を攻撃する度に、それを通じてベレトが障壁の情報を共有し、ソロモン達が解析を進めるという流れだろう。
「時間をかければかける程、こちらは有利になる……私の力はそれに打ってつけなの」
パイモンがそう言うと、空を舞っていた首輪の付いた天使達が一斉に降下してきた。
「……数が多いな」
全方位から迫る天使。それぞれが鉄製の武器を持った彼らも魔術による強化を受けており、それぞれが最低でも二級に匹敵するだろう。
「こういう時は、闘気の方が便利だ」
俺は意識を集中させ、体内の魔力の何割かを一気に闘気に変換する。爆発的に赤いオーラが溢れ、それだけで近付いていた天使たちが吹き飛ばされる。
「『赤尽』」
下を除く全ての方位に隙間なく赤い斬撃の波動が放たれ、容赦なく敵を切り刻む。
「ぐッ!?」
「しょ、障壁を――――ッ!」
斬撃は一撃で全ての天使を破壊し、障壁を張るのが間に合わなかったパイモンの全身に痛ましい傷を付けた。
「アンタから殺すか」
殺せそうな奴から殺しておこう。俺はパイモンまで一瞬で距離を詰め、その首を掴んだ。ここまで近付けば、俺の戦闘術式の効果範囲内だ。転移で逃れることは出来ない。
「『私は高貴な――――』」
「――――舐めてるのか?」
バルバリウスの黒い刃が首を掴まれながら詠唱するパイモンの首を刎ねた。
「そ、んなッ」
「じゃあな」
宙を舞う頭ごと肉体を破壊する。魂が赤い宝石に吸い込まれ、また一体戦闘から除外された。
「『響くは雷鳴、敵を殺す稲妻』」
槍を掲げ詠唱するバエル。止めようと足を向けた俺をルキフグスが囲む。
「邪魔だ」
「『我は雷神、嵐の化身』」
三方向から迫るチャクラムを一度の斬撃で薙ぎ払い、バエルへと駆けた。
「『雷神の顕現』」
瞬間、バエルの体が青白く光り、稲妻が溢れた。
「雷を前に、ただの人間が抗えると思うな」
「悪いが、俺は自分をただの人間の枠には置いていない」
青白い光が瞬き、轟音と共にバエルの姿が掻き消えた。
「――――捉えてみろ」
俺の背後に現れたバエル。稲妻を伴って振り下ろされた棍棒をバルバリウスで弾く。
「ふん、よく弾いたな」
「なるほどな」
バエルの動きは尋常じゃない速度だ。戦闘術式による予測が無ければ防御も間に合っていないだろうな。
「雷そのもの、か」
「そうだ、人間」
所謂、雷速。と言っても、常に雷速で動かれる訳じゃない。その体を完全に雷に変えている瞬間のみ雷速で動いている。更に、予め電気を通して作った道しか雷状態では通れない。つまり、雷の状態で自在に動くことは出来ない訳だ。
「ッ、この状態でも速いな……!」
「当たり前だ。人風情が雷の神に速度で勝てるとでも思ったのか?」
雷状態での動きには制限が多いとはいえ、素の動きでも音速の百倍以上ある。雷と化している間はその数百倍、速度では他の追随を許さないらしいな。
「……だが」
幾ら速く動かれたところで、こいつは俺に対して致命傷を与えるようなことは出来ない。倒すのが難しいならば、放置するだけだ。
「死ね、人――――」
振り下ろされた棍棒を回避せず、障壁で受けながらバエルに斬りかかった。すると、バエルは咄嗟に体を雷に変えて俺の剣を素通りさせた。
「じゃあな」
しかし、俺が狙っていたのはそれだ。雷と化したバエルに突っ込み、障壁でその威力を防ぎながら雷の中を通り、その奥に居るソロモンへと駆けた。
「そう容易く通れるとッ!?」
三方向から迫るルキフグスのチャクラム。俺は正面の物のみを剣で弾き、そのまま駆け抜けた。
「ッ」
ビリっとした感覚が背筋に走った。
「『神雷槍』」
咄嗟に振り向きながら振るった剣を飛来したチャクラムが弾き、青白い雷光を放つ槍が障壁に突き刺さると、後を追うようにバリバリと轟くような音が鳴った。
「これは……ッ!」
割れるような音と共に障壁を一つ、二つ、突き破っていく神力を帯びた雷の槍は背理障壁に衝突し……貫いた。
「死ぬが良いッ、人間ッ!!」
その槍が俺に触れる瞬間、俺は力を解き放った。透明な波動と共に、雷の槍は吹き飛ばされた。
「出来るだけ、使いたくは無かったんだが……まぁ、仕方ない」
「……神力、だと?」
奥底から引き出した透明な力、在るだけで世界を歪ませるその力は、ギリギリで雷の槍を弾き飛ばした。
「あぁ、アンタも使えるみたいだな」
「馬鹿な、人風情が……それも、お前のそれは……」
唖然とするバエル。俺は引き出した神力をそのままバルバリウスの黒い刃に纏わせた。
「終わりだ、ソロモン」
背後のバエル、迫るルキフグス。全てを無視し、障壁に剣を振り下ろす。魔術の域を超えた刃はあっさりとソロモンの障壁を斬り裂いた。
「終わり、か……」
ソロモンは陰鬱そうな顔を上げ、俺に指先を向けた。
「――――終わるのは、貴様だ」
指輪が光る。その瞬間にソロモンの体から眩い白の光が溢れ、同時に俺の体を覆う背理の城塞が消失した。




