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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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虹と黄金

 陽景が腕を天に伸ばした。すると、彩雲から魔力が迸り、そこに集まっていく。


「『儀典知らずの偽典語り、在りし今のみを語る』」


「ッ、テメェッ!」


 その場から動きもせずに魔術を詠唱する陽景。止めようとするベリアルの拳は彩雲に阻まれ届かない。


「『地を舐め、血を啜り、智を記す』」


「余裕ぶっこきやがってよォッ!!」


 怒りの表情を浮かべるベリアルだが、一旦冷静に距離を取った。


「『愚者の饗宴』」


 瞬間、陽景から凄まじい量の魔力が猛烈な勢いで溢れ出していく。


「さぁ、肉弾戦と行こうか」


「なるほどなァ、身体強化かァッ!!」


 陽景が地面を蹴った瞬間、彼女の姿がそこから消える。


「ッ!?」


「どうだい、中々速いだろうッ!」


 ベリアルの眼前に出現すると同時に振るわれる回し蹴り。咄嗟に腕を構えて防御したベリアルだが、凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、地面に転がる。


「テメ――――ッ!?」


 起き上がった瞬間に顎を蹴り上げられ、体がぶわりと浮き上がる。


「攻勢は止めないよ。そして、距離を離させもしない」


「ぐッ!?」


 浮き上がったベリアルの体。その腹部に回し蹴りがクリーンヒットし、ステージの中央辺りへと吹き飛ばされた。


「ッ、なるほどなァ!!」


 高速で振るわれた陽景の拳をギリギリで避け、ベリアルは笑う。


「オレのッ、魔力をッ、当てにしてんのかァッ!!」


 拳、足、拳。段々とその速度に慣れてきたベリアルは最小限の動きで攻撃を躱しながら、陽景の術に当たりを付けた。


「ッ! 大正解だ、ベリアルッ!!」


 陽景が編み出した異常な身体強化用の固有魔術。最悪の燃費とゼロになるまで魔力を消費し続けることを代償に強大な身体性能を得られるこの魔術は、まともに使おうと思えば本来陽景だけでは到底賄えない量の魔力を消費することになるが……そこで彩雲だ。


「テメェの虹色雲でオレ様の魔力を奪い続けてるって訳だなァ!?」


「そうさっ! 丁度、君には良い翼が生えているからねぇ! 六枚もね!」


 熾天使としての力を呼び覚まし、その六翼からほぼ無尽蔵に魔力を供給されているベリアルだが、陽景の彩雲はその魔力の殆どを掠め取り続けることで愚者の饗宴を維持しているのだ。


「彩雲は動きも遅い上に、そこまで操作性能が高い訳じゃない。私から離れれば離れる程に制御は効かなくなっていくからね。だが、こうして私自身が敵に近付ければ……彩雲は常に効果を発揮し続けることが出来るという訳さ」


「なるほどなァッ、やっぱりクソズルいぜテメェは、よッ!?」


 陽景の拳を回避したベリアル。そのまま後ろに下がろうとした足を、硬化した虹の雲が掴んだ。


「詰みだろう、ベリアル」


 魔術の類いは使えない以上、一度拘束されればその場から逃れることは叶わない。陽景の手に彩雲の刃が握られ、ベリアルの胸へと吸い込まれていく。



「――――詰みじゃねェよ」



 彩雲の刃が、砕けた。


「詰みじゃなくて、王手だったなァ。生憎、オレにはまだ持ち駒があんだよ」


 覗き見た記憶の中にあった知識を思い出しながら語るベリアル。その体からは、神々しい赤色のオーラが溢れている。


「正真正銘、神の力だぜェ……こいつは、魔力じゃねェ」


 神に仕える天使達の中でも最上位の熾天使、その力を操るベリアルには当然それを扱う権利がある。


「最初に言っておくぜ……おめでとう、ってなァ」


 息を呑む陽景。ベリアルは彩雲に魔力を吸われていることも気にせず、至近距離で語り続ける。


「熾天使の力の中からこいつを取り出すのは、オレの悪魔としての側面の否定になっからなァ……暫くすりゃァ、オレはこの世界に存在出来なくなる。肉体が消滅して悪魔の世界に帰らされるってこったなァ」


 熾天使の翼が彩雲によって消えなかったのも、これが理由だ。アレは術でも魔力の塊でもなく、神力によって象られた正真正銘の天使の翼だ。


「天使と悪魔。今のオレは飽くまでも悪魔としてこの世界に顕現してんだ。その癖に天使としての力を使い過ぎれば、お仕置きがあるのは当然だァ。だから、熾天使としての力自体あんまり使いたくは無かったんだが……しゃァねェよなァ」


 王の悪魔ベリアル。熾天使としての力に加えて神力まで使えば、天使としての格が悪魔としての格を超えてしまう。そうなれば、今ここに居る悪魔ベリアルは存在が矛盾し、消滅する。


「ふむ、参考までに聞かせて欲しい……制限時間は?」


「五分だァ」


 瞬間、ベリアルの姿がそこから消える。


「安心しろやァ」


 背後だ。陽景は慌てて振り向きながら彩雲を刃に加工し、構える。


「ルール上、この街をぶっ壊すことは出来ねェ。時間的に無理だからなァ」


 ベリアルが拳を振るう。それだけで小屋程度ならば吹き飛ばしてしまう程の風が吹き荒れる程の一撃、それを陽景は彩雲の刃で受け止め……ステージの端まで吹き飛ばされた。


「だが……テメェとの決着は付けさせてもらうぜェッ!!」


「く、ッ!」


 ベリアルの拳。それは愚者の饗宴によって強化された陽景よりも速く、強い。硬化した彩雲での防御すら突き破り、陽景に無視できないダメージを与えていく。


「オラッ、どうしたァ一級ッ!! これで終わりかァ!?」


「ぐッ、がはッ!?」


 血が口から噴き出し、膝を突く陽景。身体強化が無ければ、その命はとっくに尽きていただろう。


「『ただ、一度……』」


「させる訳ねェよなァ!?」


 血を吐きながら言葉を紡ぐ陽景にベリアルの蹴りが炸裂し、ステージの外まで弾き出される。


「言っとくがァ、場外はナシだぜェッ!!」


 彩雲をクッションにして空中で止まった陽景。その背後に回り込んだベリアルの蹴りによって、再び陽景はステージに戻された。


「『止まれ』」


 陽景はステージに倒れながらも、残りの言葉を紡ぎ切った。


「ッ、子供騙しかァ!?」


 ただ一度だけ、少しの間お互いの動きを止める、それだけの魔術。だが、陽景が求めていたのはその僅かな時間だった。

 陽景は立ち上がり、その手に虹の剣を作り出すと、自分からベリアルに向けて走り出した。


「あァ? 自棄になったかァ!?」


 超至近距離、ベリアルの首に向かって振り上げられる虹の剣。しかし、無慈悲にも振り下ろされる拳の方が速い。


「いいや」


 ベリアルの拳は陽景に向かって進み……それは、陽景に触れるよりも先に()()()()()によって切断された。


「信じただけさ」


 虹の刃が、ベリアルの首を刎ねた。


「が、ハ……マジ、かよ……」


 宙を舞う悪魔の頭。それは、黄金の刀を握り荒く息を吐く少女の姿を見て満面の笑みを浮かべた。


「ぎゃ、ハハ……マジで、イカしてんな……最高、だった……ぜェ……」


 虹と黄金。二つの刃によって、悪魔は現世から消滅した。

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