中継
放たれた無数の槍。さっきよりも明らかに速いそれは、反射だけで避けられるようなものでは無い。しかし、御日はそれらの動き出しを見るだけで通るべき道を見つけ出し……空中に浮かんだ輪の内側を歩いているかのように、空を踏みしめて駆けだした。
「ギャハハッ、まるで仙人だなァ!?」
重力を無視したかのように空を駆けるその歩法によって、御日は空中に闘気の軌跡で円を描きながら炎の槍を躱していく。
「だがよォ、そっからどうすんだァ!?」
空を渡り、ベリアルの頭上まで駆け抜けた御日。しかし、空を自在に駆け回れる訳ではない御日はそこで限界を迎えて勢いを失い、後は落ちるだけのところまで来てしまった。
まさか足を挫くことなどは無いだろうが、このままでは大きな隙を見せてしまうことは確かだ。
「天日流、斜陽之龍」
黄金の刀を構えたまま空中で回転する御日。渦を巻くような赤い軌跡は、まるで龍が天から舞い降りてきているかのようだった。
「ギャハッ、良いぜェ! 来いやァッ!!」
ベリアルの真上、横倒しに近い体勢になった御日。落下の力を加えて振り下ろされる刃と、突き上げられる槍。両者が空中でぶつかり合った。
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新宿の夜空を舞うヘリコプター。それに乗ったリポーターが必死に報道しているのは、一人の少女が強大な悪魔と戦っている姿だ。
「や、やべぇよアレ……」
「誰か……誰か、助けられる奴いねぇのか!? い、今からでも俺達でッ!」
「無理だッ! 俺達じゃ……俺達じゃ、どうせ無理だ」
徒党を組み、ベリアルに対抗しようとしていたハンター達も、その光景を見ることで自分達では敵わないような相手だと察してしまう。
『どうしたァ!? もう限界かァ!?』
『……ッ!』
新宿のビルに取り付けられた大型ビジョンに映る画面には、息吐く暇も無く放たれ続ける炎の槍と、それをほぼ闘気を使わずに身のこなしと黒い花弁だけで捌き続ける少女の姿が映っていた。
『まさか四翼まで追い詰められるたァ思わなかったがァ……そろそろ終わりだなァ!?』
その少女の向かいに浮かぶ美男子の背からは紅蓮に燃える橙色の翼が二対、つまり四枚生えている。
『最後にもう一度聞いてやるぜェ……今からでも、逃げる気はねェか?』
『天、日……流ッ!』
炎の槍の生成を止め、問いかけるベリアルに御日は残り僅かな闘気を滾らせた。攻撃が止まった今が、最後のチャンスだと判断したのだ。
「ッ、あの子……やる気だぞ」
「あの様子じゃ、闘気も限界だろ……」
「……何か出来るとしても、一撃が限界だろうな」
御日は刀を鞘に納め、姿勢を低くして柄に手を当てる。
『ギャハハッ、ラストチャレンジかァ!? 良いぜェッ!!』
ベリアルは空中に浮遊したまま、その手に紅蓮に燃える槍を生み出し、構えた。
「ッ、決まるぞ……ッ!」
息を呑む群衆。大画面の中で向き合う少女と悪魔は、まるで映画のワンシーンであるかと錯覚するような迫力と美しさがあった。
『――――奥義、旭日昇天』
ベリアルの真下まで駆け抜けた御日。僅かに膝を曲げると同時に足に全ての闘気が集約され、凄まじい勢いで真上に向かって跳躍する。
その勢いと同時に足に集約されていた闘気が上へと昇っていき、腕へと辿り着く。そして、刀が鞘から抜き放たれ、振り上げられるのと同時に腕に溜まっていた闘気は刀へと移る。
『ぐッ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!?』
ベリアルの槍は御日の体をぬるりとすり抜けるように避けられ、黄金の刃がベリアルの体を足元から頭まで斬り抜ける。
『ふ、ぅ……ッ!』
闘気を使い果たした御日はそのまま地面に落下し、何とか受け身を取り、起き上がろうとして……そのまま倒れた。
足から腕まで、全身の部位に限界を超えて爆発的に闘気を注いだ御日の体は疲労の極致を超えており、最早指一本動かすことすら難しく、数秒もしない内に御日の意識は失われた。
『が、ァ……ぐ、ゥォ……』
そして、同じように御日の目の前に墜ちてくるのはベリアル。足先から頭までを完全に両断されたベリアル。その断面から真っ赤なオーラが溢れており、何とか繋ぎ合わせようとする再生力を阻害している。
「あ、あれは……」
「す、少しずつ剥がれてるッ!」
「か、勝ったのか……!?」
斬り分かたれた肉体を何とか繋ぎとめようとするベリアル。その体が、遂に左右に分かれ……
『――――完全解放』
紅蓮の炎と、聖なる光が溢れた。
『始まりの熾天使』
炎と光の中、三対六枚の翼が開いた。
「嘘だろ……」
新宿の空に、正に熾天使と言うべき美しい男の悪魔が現れた。
橙色に淡く光り、僅かに透ける全身から紅蓮の炎と神々しさを放つその姿に、意思の弱い者であれば自然と膝を突き、手を組んでしまうだろう。
『あァ……死ぬかと思ったぜェ』
完全なる力を解放したベリアルは、しみじみと呟いた。
『熾天使としての力を解放すると、それと同時に肉体が再構築される……つまり、実質的な全回復が出来るってこったなァ』
熾天使としての力を完全に開放するその行為は、肉体の再構築を伴う。闘気による再生の阻害すらも無効にする、完全復活チケットだ。意識さえ失っていなければ、いつでも発動できる保険にして、ベリアルの持つ最大の切り札だった。
『今は熾天使じゃねェからこの力も好き放題使えるって訳じゃねェからなァ、出来れば残しときたかったんだがァ……しょうがねェ』
どこか感傷に浸るように言葉を紡ぐベリアル。美しい顔で炎の結界の奥に透ける月を見上げ、息を吐いた。
『楽しかったぜェ、ミカ』
膝を突く御日。ベリアルは燃え盛る橙色の手を天に伸ばし、紅蓮の炎を纏う橙色の光の槍を生み出した。
『魂は覚えた。来世で会おうぜェ』
放たれる槍。音速を超えるそれは空を焼きながら御日に迫り……虹色の光と共に消滅した。
『――――いやぁ、遅くなったねぇ』
御日の前に現れたのは、虹色の霞のような何か……彩雲を纏う長身の美女だ。
『お待ち遠様。一級特殊狩猟者が一人、彩雲さ』
遂に、人類でも最強の一角であるそのハンターが新宿に現れた。




