暁光
ベリアルがゲームの開始を宣言してから五分が過ぎた。未だ、炎のステージに上る者は居ない。
『おいおいッ! 全員ビビってんのかァ!?』
少し苛立ったように言うベリアル。人々に緊張が走った。
「お、おい……どうすんだこれ」
「どうするって言っても……俺らみたいな木っ端のハンターじゃ、行っても死ぬだけだぞ」
「クソ……今日本に居る一級の奴らは、大体北陸側に行ってるらしいぞ。これじゃ、ベリアルと戦える奴なんて居ないんじゃないのか?」
更に、自衛隊の半数以上は北陸地域に向かっており、残りの半分もベリアルが与えた一時間という猶予から他よりも余裕があると判断され、既に他の悪魔の対処に向かってしまっている。
「ねぇ」
話し込む三人のハンターに、一人の少女が話しかけた。黒い無地のシャツを着ており、刀を腰に差している。
「何が起きてるの?」
事態を把握していない様子の少女に、三人は結界の外から来た人間であることを察する。
「アンタ、入ってきちまったのか……今、ベリアルって言う悪魔がこの結界を張って、一時間以内に自分を倒せなきゃ新宿を破壊するって言ってんだ」
空中に浮かぶ炎のステージを指差して言う男。
「尚且つ、十分以内に誰も挑んで来なければ一発ぶち込むって話だ。どのくらいの規模かは分からないが、かなり死ぬだろうな」
「……今、何分経ってるの?」
少女は刀に手を当て、ステージを見上げた。
「五分……今、六分経ったくらいだな」
暗い顔をして言う男に、少女は無表情で頷いた。
「分かった」
天高く聳えるステージに続く炎の階段。少女は、そこに向けて走り出した。
「ちょッ、おいッ! 待てッ!」
「アンタッ、死ぬぞ!?」
「一撃ぶち込まれるだけだッ、もしかしたら誰も死なないかも知れないぞッ!」
階段に向けて駆け出した少女を見て、その意図を察したハンター達は必死に止めようとするが、少女は言葉を返すことも無く走り抜けていく。
そして、少女は階段の下に集まっている人の群れを見つけた。
「……何してるの?」
少女の問いに、集まっていた数十人が振り向く。
「あぁ……俺達はハンターだ。全員で集合して、どうにかアイツを対処できないか考えてるんだ」
「……でも、もう時間がない」
少女の言葉に、男たちは暗く沈黙する。
「……俺達じゃ、無理なんだ。あの魔力、この結界……分かるだろ。二級の俺でも、アレを相手にしたら十秒も持たない」
「分かった」
少女は男の言葉に頷くと、そのまま炎の階段を上り始めた。
「なッ、待てッ! 死ぬ気かッ!?」
「違う」
「じゃあ、アレと戦えるのかッ!? 実は、一級レベルで強いとか……」
「今は、三級」
その言葉を最後に、少女は全力で階段を駆け上がっていく。
「はぁッ!? 三級だとッ!? やめろッ、やめろッ! クソッ、クソ……俺は……俺は……」
自分よりも等級の低い少女がベリアルに挑みに行く姿を見て、二級ハンターの男は嗚咽のような声を上げた。
周囲のハンターは、何も言えずにただ沈痛な表情で俯いている。
「長い……」
長すぎる上に手すりも無い階段に悪態を吐きながら少女は駆け上っていく。
「……ふぅ、着いた」
遂にそこに辿り着いた少女は軽く息を吐き出すと、玉座に座る男を見た。
「――――よォ、チャレンジャー」
ベリアルは獰猛な笑みを浮かべ、少女を見る。
「いやァ、このまま誰も来ねえかと思ったがァ……良かった良かったァ、今の人間にも勇者は居るみてェで何よりだぜェ!」
笑いかけるベリアルだが、少女は無表情のままだ。
「しっかし、薄情なもんだよなァ……こんなガキ一人差し出して他は誰も出てこねェなんてよォ? あァ、醜いぜマジでェ」
少し苛立ったように言うベリアルだが、少女は無表情のまま動かない。
「なァ、この階段の下に溜まってる連中居るよなァ……今ならよォ、そいつらを全員生贄にする代わりにもう十分待ってやる上に、テメェも結界の外に逃がしてやってもいィ……ヒヒッ、選んでいいぜェ? オレと戦うか、クズ共を犠牲にして助かるか……テメェの自由だぜェ!?」
悪魔の提案に、少女は表情一つ変えなかった。
「戦う」
「ギャハハハッ! そうかァッ、戦うかァッ! 言っとくがァ、オレ様は強いぜェ!?」
少女は無言で刀に手を当て、構えを取る。
「おォ、丁度ヘリも飛んできたなァ……良いねェ良いねェッ! そろそろ始めるかァ!?」
ベリアルが玉座から立ち上がり、燃えるような橙色の翼を広げる。
「オレ様は堕天の悪魔ッ、ベリアルだァッ!! テメェも名乗っとけェ!!」
「……天日流、八研御日」
名乗る二人、夜空を舞う報道ヘリがその様子を映す。
「さァ、来い。初撃は譲ってやるぜェ?」
腕を広げ、余裕の笑みを浮かべるベリアル。御日は腰を深く落とし、居合の構えを取る。
「――――天日流、暁光」
黄金の刀身が、閃いた。




