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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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大地と海

 猛烈な勢いで襲い掛かる風の刃は、アマイモンの数歩前に出現した岩壁によって防がれた。


「フォカロル君。思えば、君と本気で争ったことは一度も無かったね」


 楽しそうに笑うアマイモン。彼女が片手を上げると、フォカロルの足元からごつごつとした岩石の腕が伸び、両足を掴んだ。


「抑える必要は無いよ。君の全力を……私に、見せてくれたまえ」


 フォカロルの足を掴んだ岩石の腕がその形を変え、フォカロルの体に張り付くようにして全身に広がっていく。


「そう、か……」


 このままフォカロルの体を覆い尽くしてしまうかと言うほどまで広がった岩石に、ピシリと罅が入った。


「お前が、望むなら……良い、だろう」


 フォカロルの背に生えたグリフォンの翼が大きく広がると同時に、性能評価室に猛烈な嵐が吹き荒れた。


「良いかい、セーレ。私が良いと言うまで決して手は出すなよ?」


「元から手を出すつもりは無いですよ」


 セーレの言葉に、アマイモンは眉を顰める。


「全く、薄情な臣下も居たものだね」


「助ける必要があるならそうしますけどね」


 ふっとアマイモンは笑い、フォカロルを見た。


「さて、始めようか」


「あぁ」


 アマイモンの背後に無数の岩石が浮かび上がり、フォカロルに放たれる。


「お、レの……嵐、を……超えて、みろ……」


「応とも」


 直径一メートルを超える岩石の群れはフォカロルを中心に渦巻く嵐によって弾かれていく。


「私はアマイモン。東の魔王、司るは大地」


 次々に生み出されては弾かれていく岩石。その後ろで一際大きな岩石が作り上げられる。


「大地の力を借りるには少し不向きな場所ではあるが……その嵐を超えるだけならば十分さ」


 直径十メートルを超える巨大な岩石がぐるぐると空中で回転する。


「穿て」


 瞬間、回転していた岩石がその場から姿を消した。音速を超える程の速度で放たれたそれはフォカロルの展開する嵐を貫き、凄まじいエネルギーを伴ってフォカロルに迫った。


「ッ!」


 自身と岩石の間にギリギリで水を生み出し、クッションにすることで即死は免れたが、フォカロルは凄まじい勢いで吹き飛ばされ、評価室の壁に叩き付けられた。


「舐める、な」


「が、ぼっ!?」


 壁にもたれかかったままフォカロルはアマイモンに腕を伸ばした。すると、アマイモンの体内に海水が溢れ、口元から零れ出す。


「がはッ、はぁ、ふぅ……いやぁ、しょっぱいしょっぱい。海水かな?」


「……わざと食らいましたね?」


 目を細めて言うセーレに、アマイモンは海水をぺっぺと吐き出しながら笑みを浮かべる。


「勿論さ。実際にこの身で受けない限り分からないだろう? 実験の伴わない理論は存在していないのと同じだからね」


「味わい、たければ……そうして、やる」


 未だ余裕を見せるアマイモンに、フォカロルは魔力を溢れさせる。


「水の中では……あらゆるものの、動きが……鈍くなる」


 部屋の域を超えている程に大きい性能評価室。その内部が、海水によって満たされていく。


「お、レを……除いて、な」


 性能評価室が完全に海水で満たされると、フォカロルは一瞬でアマイモンの眼前まで距離を詰めた。


「ふむ、面白い。が……」


 水中であるにも関わらず、動きを鈍らせることもなく振るわれるフォカロルの拳。それを、アマイモンは片手で受け止めた。


「私に接近戦を挑むというのは悪手と言わざるを得ないね」


「ッ!」


 焦りの表情を浮かべ、後ろに下がろうとするフォカロル。しかし、アマイモンに掴まれた拳を振りほどくことは出来ない。


「いやぁ、同じ悪魔と戦うのは久し振りだからね。中々、面白かったよ」


 アマイモンが片腕を振り上げると、その腕が黒い岩石で覆われていく。


「さらばだ、フォカロル。また、千年後にでも会おうじゃないか」


「や、はり……碌な奴では、無い、な……お前、は……」


 黒い岩石を纏ったアマイモンの腕が振り下ろされ、フォカロルの頭を破壊した。


「……出来るなら、彼も助けたかったな」


「そう気に病まないことだ。悪魔の死など、軽いものだろう。二度と蘇れない人や獣の死に比べればな。どうせ、またいつかは復活するのだ」


 アマイモンはフォカロルの肉体を完全に破壊し、死亡させた。だが、消滅させた訳では無い。フォカロルはまたいつか蘇り、この世に顕現することが出来るだろう。


「さて、セーレ。まだ君には仕事が残っているのだろう?」


「はい。まだ、僕が助けられる人が居ると思うので」


 そう言うと、セーレは白一色の性能評価室から姿を消した。


「……全く、困ったものだね」


 アマイモンは地面まで垂れた長い白髪を揺らし、元居た部屋へと戻っていく。


「今後、私の下で働いてもらう以上、目立たれると困るのだがね……まぁ、良いだろう」


 悪魔でありながら人を助けるセーレ。彼がアマイモンに齎すであろう騒乱も、彼女にとっては好奇の対象となるのだろう。


「ふふふ……良いね。この世界も、中々面白くなってきたじゃないか」


 青い炎が照らす研究室の中、アマイモンはニヤリと笑みを浮かべた。

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