討伐計画
赤い衣服と王冠を付け、赤い馬に跨った男。名はベリト。殺人と冒涜を司る公爵の悪魔だ。彼の周囲には無数の死体が転がっている。
「何だ?」
その男を囲むように現れたのは武器を持ち、装備で身を包んだ特殊狩猟者達だった。
「ハンターだ」
先頭の男が答えた。その後ろに数十人のハンターが並ぶ。
「人様の街でこれだけ暴れて、タダで済むと思うなよ」
「悪魔だか何だか知らねぇが……ぶち殺してやるよ」
その様子を見て、ベリトはフッと笑みを浮かべる。
「今度は民では無く戦士か。良いだろ――――」
余裕の笑みを浮かべていたベリトの体を無数の銀弾が貫く。周囲のビルの屋上に待機していた何人ものスナイパーによるものだ。
「ッ、ぎ、ざま――――」
続けて、魔術の嵐が吹き荒れる。鉄の腕がベリトを拘束し、風の刃がその体を切り刻み、黒い泥が耳や口から体内に入り込んでいく。
「食らわせ続けろッ! 絶対近付くなよッ!」
ベリトは霞む視界の中で思考を回そうとするが、それすら出来ない。常に破壊され続ける脳に加え、体内に入り込んだ黒い泥によって精神を乱され続けている。
「クソッ、銀弾をどんだけ食らわせたと思ってんだッ!?」
「いや、待てよ……そういうことかッ! ベリトには金属を黄金に変換する能力があるッ! 銀の弾丸を黄金に変えられてるんだッ!」
「あ、間違いないね。僕の泥もそう言ってるよ」
協会主導の討伐作戦。ハンターや魔術士、国家所属の戦力まで巻き込んだ作戦は、確実にベリトを苦しめていた。
「待てよ、金属を黄金に……それは、体内の金属元素も全部金に変えられるってことか?」
「可能性はある……となると、銀弾は撃ち続けた方が良い。こっちに攻撃する隙を与えたくない」
止む気配の無い攻撃。雨のように降り注ぐ弾丸と魔術の中からベリトは抜け出すことも出来ず、跨っていた赤い馬は既に肉塊と化し、ベリト自身も防御と再生が間に合わずに少しずつ死が近付いていた。
「ぞ、ろも、ンッ! オレ、をッ、回収、じろッ!」
必死に叫ぶベリト。確かに、ソロモンは配下の悪魔をどこからでも回収することが可能だ。しかし、その叫びも虚しく、ベリトが回収される気配は無い。
「クソッ、な、ぜ……ッ! 何故、だッ! ソロモンッ!!」
響く慟哭も虚しく、ベリトの体は遂に消滅した。
「……死んだ、な」
「あぁ……だが、こいつ程の戦力を助けなかったのは不思議だな。回収ということはここから逃れる手段もあったように思えるが」
「さぁな。そのソロモンとやらも忙しいんじゃないのか? どっかの誰かと戦ってる、とかな」
聖職者など、悪魔に関する知識がある者がベリトの死亡位置に駆け寄り、調査を始める。公爵級の悪魔を討伐するという快挙を成し遂げたハンター達は、次の悪魔を倒す準備を始めた。
♦
東京は燃えていた。炎はどんどんと燃え移り、ビルを溶かして崩し、地面に倒し、爆発と共に更に炎を広げる。
「あぁ、何という景色だ。見ていて心が痛くなる」
そして、その地獄絵図を描き上げたのはフラウロス。黒豹の毛皮を纏った炎を操る悪魔だ。
「準備完了」
そして、その悪魔を冷静な目で捉える男たちが居た。ヘルメット、顔を覆い隠す布、ジャケットとその下に着込んだアーマー、どれも真っ黒で、その装備の内側には幾つもの道具や武器が隠されている。
彼らは自衛隊の特殊対策科所属の精鋭部隊、通称ダークフォースだ。
「任務を開始する」
突如、フラウロスの周囲から無数の手榴弾が投擲され、同時にフラウロスの頭を祝福された銀の弾丸が貫き、頭部を一撃で破壊する。
「ほぅ、これ――――」
頭が再生した傍から銀弾が再び頭を吹き飛ばし、投擲された手榴弾達は有効範囲に入った瞬間に起爆した。それらはどれも通常の物とは異なり、ある物からは眩い聖なる光が放たれ、ある物からは聖水が撒き散らされる。
「有効性を確認」
「第二射、始め。全員、攻撃せよ」
最初は不測の事態に備えて待機していた部隊員も攻撃を開始し、一斉砲火を始めた。
「ッ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
炎が巻き起こる。フラウロスを中心に爆発するその炎は弾丸の雨を溶かし、手榴弾を吹き飛ばした。
「ふぅ……安心したまえ、許すとも。なに、少しも怒ってはいない」
フラウロスは憤怒の表情を宿らせ、燃えるような瞳で自分を囲む人間たちを睨んだ。
「case:4、航空投下を要請」
だが、彼らの隊長は飽くまでも冷静に状況を判断し、無線を使った後に銃を構えた。
「そう熱くは無いさ。安心したまえよ」
フラウロスがそう言うと、彼らの体がほんの僅かに熱を帯びる。しかし、装備していた護符のお陰でそれ以上の干渉は無力化された。
「面白い」
直接の干渉は不可能と判断したフラウロスは彼らの足元から火柱を発生させた。体を丸ごと呑み込んでしまうような炎だが、ダークフォースの面々は誰も灰と化していない。
「ほう……」
その理由は、護符に加えて全員が装備に染み込ませ、身体中に浴びた聖水だ。当然、聖水は安いものでも有り触れたものでもないが、日本の安全を前に金に糸目を付ける理由は無い。
「敵の再生状況は劣悪、攻撃の継続を」
「攻撃を継続。射撃を止めるな」
フラウロスの体には未だに傷が付き、穴が開き、皮膚は爛れている。フラウロスの攻撃によって勢いを弱めた攻撃だが、再度銃弾の雨が放たれる。
『航空投下、用意。三、二、一……』
続けて無線から聞こえる声。それと同時にフラウロスの頭上を大型のヘリが飛び、ヘリの腹がカパリと開いた。
『聖水、投下』
そこから零れ出したのは大量の聖水。炎を撒き散らし、弾丸と手榴弾から身を守っていたフラウロスはそれに直前まで気付けず、手遅れとなったその瞬間に表情を激しく歪ませた。
「ぐぁああああああああああああああああッッ!!?」
大量の聖水は悪魔の炎を簡単に消火しながらフラウロスに振り注ぎ、その全身を酸のように溶かし、浄化させる。
「炎、がッ!?」
全身を完全に聖水で覆われたフラウロスは炎を満足に出すことも出来ず、頭を銀弾で貫かれた。
「完全に沈黙するまで射撃は継続だ」
全身が爛れ落ち、白い蒸気を上げながらフラウロスの体が崩れ落ちて行く。
「私は、必ず蘇るッ! 蘇るともッ!」
溶けて行くその体は足元に溜まった聖水で更に溶かされ……その全身を完全に浄化された。
「……対象、沈黙」
老日が相手をしたもの以外では初めての、完全なる消滅だった。もう二度と、フラウロスが蘇ることは無い。




