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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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贖罪と傷

 東京から消えたアスタロトと黒岬。二人が立っていたのは、どこまでも暗い暗黒の世界。妙に声が響き、体が芯から冷え渡るようなそこは、どことなく地下であることを連想させた。


「これが、俺の聖痕の能力……」


 黒岬とアスタロト。どちらも距離を取り、先ずはこの空間を見渡した。


『そうだ』


 暗黒の世界に響く声。聖痕から聞こえるのと同じ、冷たい男の声だ。


『ここは俺が司る地下の暗黒を再現した世界。故に、俺の声と力もお前に届きやすくなっている。それどころか、この世界に誘い込まれた相手にさえも声を届けることが出来る』


「……えぇと、エレボスさん?」


『当たり前だ』


 頷く黒岬と、どうやら自身が不味い状況にあることを理解したアスタロト。


「この能力はつまり、バフがかかってるってこ、と……ッ!?」


「私、は……ッ!」


 状況の把握を差し置き、襲い掛かってきたアスタロト。黒岬は黄金のメイスをギリギリで弾き、気付く。


「神力、回復してるッ!?」


『回復では無く、増えているのだ。言っただろう、ここは俺の力を届けやすい場所だと。神力も多く渡すことが出来る。だが……』


 黒岬の漆黒の刀がアスタロトに迫るが、黄金の茨に絡み付かれ、空中で止まる。


『この世界を保てる時間には限りがある。今のお前では、後一分も無いだろうな』


「はぁッ!? それッ、先に――――ッ!」


 黄金の茨を切り裂き、距離を詰めようとしたところで眼前に黄金のメイスが振り下ろされる。さっきよりも速い。相手も戦闘を続けるほどに強くなっている。


「クソ、文句を言ってる暇も、無いッ!!」


 メイスと刀。茨と刃。均衡する力に、黒岬は焦りを見せる。


『そして、もう一つ伝えておく』


「早くッ!」


 短く続きを促す黒岬。


『この世界はお前の闇と高い親和性を誇る。つまり、この世界のどこからでもお前の力を使うことが出来る』


「ッ!?」


 言われてみれば、そんな感じがする。黒岬は試しにとアスタロトの背後に漆黒の刃を生み出し、襲い掛からせた。


「私、は……ッ!?」


 アスタロトはその刃の気配に気付き、慌てて黄金の茨を後ろに展開して自身を守りつつ、黒岬を睨んだ。


「これなら……これなら、行ける」


 アスタロトの周辺の空間から漆黒の腕が伸び、茨に塗れたその体を掴んでいく。アスタロトは当然抵抗し、腕を振りほどき、破壊していくがその傍からまた腕が生え、アスタロトを掴む。


「どれを防ぐか……捌いて見ろよ」


 更に、この暗黒の世界に百を超え、二百を超える漆黒の刃が生み出されていく。その中で神力が含まれているのは少数だが、この状況でそれを瞬時に判断するのは至難の業だ。


「私、は……私、はァアアアアアアアッッ!!!」


 アスタロトの体から神力が溢れ、漆黒の腕を振りほどく。それと同時に迫る無数の刃。アスタロトはその中からどうにか神力があるものだけを判別し、ギリギリで捌き……



「――――ここだ」



 どう足掻いても防げない間に、黒岬の刀が割り込んだ。


「ぉ、ぉォ……」


 漆黒の刀がアスタロトの体を袈裟懸けに切り裂き、その体がぬるりとズレる。


「俺の、勝……ッ!」


 同時に、黒岬の体がぐらりと揺れた。


「や、ばい……俺も、限界……」


 瞬間、暗黒の世界が崩壊する。いつの間にか東京に戻っていた二人は真っ逆さまに地面に落ちて行き……そのままバタリと倒れた。


「私、は……私、は……そう、だ」


 上半身と下半身が斜めに分かたれたアスタロト。しかし、彼女から放たれる黄金の光は強まっており、今にもそれらは繋がろうとしている。


「ッ! 駄目、だッ!」


 再生と強化。これが完了した時、いよいよ東京は不味いことになる。いや、それどころか日本が、地球が不味い。黒岬は全身に残りの神力の全てを巡らせ、立ち上がった。


「限界をッ、超えろッ!!」


 失われた気力を取り戻すのに神力を使っている余裕は無い。気合で立ち上がり、気合で斬りかかる。黒岬は悲鳴を上げる肉体と疲れ果てた精神を無視し、漆黒の刀を振り下ろした。











 黄金の光が、溢れた。






 アスタロトの頭を確かに切り裂いた漆黒の刀。しかし、僅かに。ほんの僅かに絶命には届かなかった。


「がはッ!?」


 黄金のメイスが黒岬の胸をバターのように容易く貫通した。既に、アスタロトは、アスタルテは……いや、その女神は力を取り戻し過ぎていた。


「私は、私は……ぉ、ォォ……ッ!?」


 だが、その女神は取り戻し過ぎたのだ。どこまで戻っても、彼女は既に悪魔であり、アスタロトでしかない。それ以上を望むのならば、取り戻そうとするのならば、結果は決まっていた。


「そう、だ」


 女神の表情がふと無に落ちる。何かに気付いたように。


「私は……」


 瞬間、その体から黄金の光が溢れ……()()()()()()()()()()()()()()()()()


「私は、女神だった」


 彼女は、女神だった。悪魔アスタロトにまで落とされた彼女。しかし、彼女という女神への信仰が完全に死んだ訳では無い。


「アスタルテ……イシュタル……イナンナ……」


 悪魔アスタロトの原型となった女神であるアスタルテ、イシュタル、イナンナ。それらの存在はこの現代でも失われていない。僅かな信仰と確かな記録によって、今も女神として何処かに存在しているのだ。


「……あぁ」


 女神の目から涙が零れる。彼女は既にアスタロトではない。しかし、女神に戻ることは出来ない。何故なら、既にアスタルテは、イシュタルは、イナンナは、存在しているからだ。どの存在にも成り代わることは出来ない。同時に存在することも許されない。


 故に、彼女という存在は彼女の原型となった女神達の一部に戻るしかない。彼女という個は、この世界に在ることは出来ない。


「本当に、ごめんなさい……世界よ、人よ」


 消え行く女神は両手を握り合わせ、天を仰いだ。


「これが最期なら……責めて、贖罪を」


 天へと還っていく女神は、最後に祈ることを選んだ。黄金の波動が穏やかに揺れて、東京の街を駆けて行く。


「全ての咎は、罪は、罰は……私が請け負います」


 彼女の持つ、神の力。傲慢なる代償の力。傷を押し付けるだけだった力。その力によって、この東京に広がった傷が、死が、女神に吸い寄せられていく。


「ッ、これが……」


 その痛みに女神は表情を歪めながらも、代わりに女神は癒しを与えた。失われた血は戻り、魂は帰り、命は蘇っていく。


「さようなら……人の子よ」


 最後に女神は地面に倒れた黒岬の手を握り上げると、その聖痕に手を重ね……光となって完全に消滅した。

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― 新着の感想 ―
[一言] せっかく女神イシュタル名乗ってる相手に地下世界を戦場にしてるんだから、 メソポタミア神話の冥界下り(イシュタルは自分と自分の新じゃなけでは解放できなかった)オマージュも欲しかったな。
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