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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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幽冥

 アスタロトを竜の群れごと闇の奔流が呑み込んでいく。


「ハァ、ハァ……どう、だ」


 隠しきれない疲労。背を僅かに傾けたまま、黒岬は闇の奔流が過ぎ去っていくのを見た。


「流石に、やった……よな?」


 黒岬の思考に僅かな不安が生じたのと同時に、圧倒的なまでの闇が消え、空が晴れ渡った。その空に浮かぶものを見て、黒岬は表情を硬直させた。


「……嘘だろ」


 表情に絶望が混じる黒岬。その視線の先に、あの竜は居ない。



「――――私、は……女、神……豊穣、を……愛を……闘争、を……ッ!」



 代わりに、そこに居たのは金糸で縫われた白い服を纏った美しい女だった。その身体には緑の蔦が絡み付き、両手には黄金の槌鉾(メイス)が一本ずつ握られている。


「あ、ぁ……豊穣、をッ!」


 アスタロトが叫ぶと、周辺一帯、コンクリートの隙間やビルの壁の中から鮮やかな緑が……大量の植物が生え、黒岬に伸びた。


「ッ、舐めんなッ!」


 黒岬の周囲に八つの刃が浮かぶ。神力は込められていないが、敵の攻撃を処理するだけなら問題無い。刃は迫る植物たちを近付いた側から刈り取っていく。


「愛、を……」


「ぅ、何……を……」


 ゆっくりと近付いてくるアスタロト。何故か、その姿が愛しくて堪らない。黒岬の動きが鈍り、視線がアスタロトから逸らせない。


「ぁ、ぅ……」


 近付いて来るアスタロト。振り上げられるメイスにも気付かず両手を広げ、受け入れようとして……


『痴れ者』


 バチリと聖痕から電撃のような感覚が走った。黒岬はハッと目を覚まし、眼前に迫るメイスを何とか回避した。


「今の声……いや」


 冷たい男の声。黒岬はその声の正体がエレボスであることに当たりを付けたが、それを考えている時間は無い。


「……闘争を」


 両側から黄金のメイスが迫る。後ろに引いて回避した黒岬の目の前でメイスはぶつかり合い、黄金の波動を放った。


「ッ、この波動……!」


 黒岬は咄嗟に神力を混ぜた魔力によって漆黒の壁を作り出し、黄金の波動を防いだ。


「神力を帯びてる……?」


 黒岬は焦りの表情を浮かべ、後ろに跳んだ。


(神がどうとか言ってたけど……まさか、本当に神なのか?)


 そして、その力を取り戻そうとしているのか? 黒岬は一瞬で思考を深く巡らせる。


(このまま神に戻れば善性を取り戻すのか? いや、そもそも元から善神だったかすらも分からないし……クソ、どうする)


 時間が経つ毎に姿を変えるアスタロト。彼女を殺すかどうか、黒岬は悩み、俯き、下の景色を見て……眼を見開いた。


「ッ!」


 黒岬の視界に映ったのは植物に胸を貫かれた男の死体。黒岬は顔を上げ、漆黒の刀を構えた。


「殺す」


 既に眼前に迫っていたアスタロトのメイスを避け、魔力と神力で強化された身体能力で漆黒の刀を振るう。


「あ、ぁ……素晴らしき、闘争」


 アスタロトはメイスを打ち鳴らし、黄金の波動を放つ。残り少ない神力しかない黒岬はそれを神力で防ぐことはせず、その波動が届かない距離まで高速で離れた。


「豊穣よッ!」


「邪魔だッ!」


 四方八方から迫る植物。コンクリートすら突き破り、金属すら潰せる力を持ったそれらも、黒岬の作り出した闇の刃には敵わず容易く切り裂かれていく。


「愛よッ!」


「無駄だッ!」


 自身の心の内側に入り込んでくるような熱情、植え付けられる愛情に黒岬は聖痕を強く意識し、心を保ち、アスタロトへと距離を詰める。


「闘争よッ!」


「終わりだッ!!」


 振り下ろされる二本のメイス。その間を掻い潜り、漆黒の刀がアスタロトの体を斬り付けた。その傷は黒く滲み、インクを落としたようにその体に広がっていく。


「『シタ』」


 しかし、同時に避けられた片方のメイスが光り、そこから黄金の茨が伸びて黒岬の体を拘束する。


「『ミトゥム』」


 更に、もう片方のメイスが光り、漆黒の浸蝕が止まった。黄金の光によって漆黒が追い出され、深い斬撃の痕が巻き戻るように再生する。


「私は……アスタロトでも、アスタルテでもない」


 その体から強烈な黄金の光を放つアスタロト。体に巻き付いていた植物も黄金色に変色していく。


「これは、不味い……ッ!」


 一段階進んだ。黄金の茨を何とか斬り捨てながら黒岬はそう確信した。こいつがどこまで強くなるのか……いや、強さを取り戻すのかは分からないが、早く勝負を決めなければ不味い。


「で、も……」


 目の前の敵は、既に自分を超えている。その確信を黒岬は抱いてしまっていた。直後、自身に迫る黄金の茨と植物。


『うつけ』


 聖痕を通して伝わったのは、罵倒の言葉。うざったいほどに輝く黄金色の植物を避けながら、黒岬は暗い光を目に宿らせた。


「ッ、そうだ……俺が、やるんだ」


 確かに敵は自分よりも強い。だが、自分より強い人間はここに居ない。だから、自分が戦わなければいけない。たった一人で、こいつを殺さなければいけない。


「俺が、俺が戦わないと……」


『うつけ』


 震える手で刀を握る黒岬に、聖痕は……エレボスは同じ言葉を繰り返した。


「ッ、じゃあ! だったらッ、どうしろって――――ッ」


 聖痕を見て叫ぶ黒岬。瞬間、聖痕から強い意思が伝わってきた。


「そうか……そういうことか」


 突然与えられた聖痕という力。それと冷静に向き合うことで、漸く黒岬は気付いた。


「力を借りてる分際で、一人で戦ってるなんて……烏滸がましいよな」


 黄金の植物達の間からアスタロトが現れ、黒岬とアスタロトの視線が交錯する。


「私は、私は……」


 振り下ろされる黄金のメイスを避けながら、黒岬は聖痕を掲げた。


「『昏く沈む地下世界(アンダーワールド)』」


 聖痕から強い闇色の輝きが放たれ、直後闇そのものに呑み込まれる。その闇は黒岬やアスタルテを呑み込み……()()へと誘った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒い子が諦めず頑張っている たったひとりで足掻いて這い戻って来ただけあるなと思った [気になる点] ひとつの場の戦闘シーンが長く続くと 同時多発で起きているだろう他の様子が分からなくて 実…
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