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ex 黒装束の聖女、イチかバチかの賭けに出る

 男の魔術は影を操る魔術だ。

 そして子供の声は影の中から聞こえた。

 つまり原理は分からないが、子供を影の中に閉じ込めているという事になる。


 そう、原理が分からない。

 それが賭けの勝敗を左右する唯一にして最大のポイント。


 (もし私の仮説が外れていたら……私は生き埋めになる)


 ミカの立てた仮説。

 影の中に子供を捕えているのなら、収容できる空間が魔術によって作られている。

 そしてその場所である可能性が最も高いのは、男の影がある筈の場所の真下。

 男の足元の地面の中。

 だから的が動かないように、拘束を頼んだ。


(飛べ……飛ぶんだ)


 そもそもそんな空間が作られているかも分からない。

 作られていたとしてそれが足元なのかも分からない。


 仮説の上に仮説を立てて、それに基づき命を懸ける。


 どう考えたって、投身自殺となんらやっている事は変わらない。

 命を懸けるには、あまりにも稚拙なやり方。


 それでも、これしか手が無いのだから。


 例えば自分がルカのように頭が良ければ、もっと違うやり方を思いつけたのかもしれない。

 例えば自分がルカのように専門外の物を含めて色々な魔術を知っていれば、もっと効果的なやり方を思いつけたのかもしれない。


 それでも今の自分に考えられる誰も死なせないようにする手段はこれ位しか思いつかないから。


 だったらそれに全てを託して飛び立つ。


「後は任せて、シズク」


 体を纏う電流と共に、転移魔術を発動させる。

 





 そして。






 次の瞬間視界に映ったのは、泣いている男の子の姿だった。

 ……つまりだ。


(呼吸もできる! 体も動く! 成功だ!)


 それが賭けに勝利した事を意味する。

 ……だとすれば、やる事は一つだ。


 男が何かをする前に、この空間から脱出する。


「大丈夫!?」


 走って男の子へと駆け寄る。

 駆け寄って抱きしめて、再び電流に耐えつつ転移魔術を発動させながら、男の子の腕に視線を落とす。


(怪我なんてしてない……全部ブラフだ)


 男に与えたダメージが子供にも伝わるというのは嘘。

 嘘であってくれた。

 それにとにかく安堵しながら、男の子に言う。


「大丈夫! お姉ちゃん達が助けてあげるから!」


 そしてまだ、泣き止まず言葉を返せない子供と共に再び転移する。


 転移先は結界の外。

 結界の中よりは比較的安全な結界の外。

 影の暗闇の中から一転、日の光を浴びる。


(とにかくこの子を誰かに預けてもう一度中へ……ッ!)


 今シズクが中で取り残されている。

 拘束魔術がいつまで持つかも分からず、そしてシズクからすれば子供の救出が上手く行っているかも分かっていない筈で。

 だとすれば……だとしなくても、そのシズク一人に戦わせる訳にはいかない。


 戻ってシズクと共にあの男を戦闘不能に追い込む必要がある。

 ……だけど、外の様子がおかしかった。


(誰もいない……?)


 静かだ。

 こういう事が起きているのだ。

 当然逃げる人間も大勢いるだろう。

 だけどそれと同じくらい、この手の騒ぎが起きればギャラリーが居てもおかしくないのだ。

 だけど周囲から一般人が消えていた。


(……いや!)


 ただ一人を除いて。


「し、シエルさん!?」


「よかった無事!?」


 全身目に見えて怪我だらけで。

 額からも血を流して、自分が先の蹴りで負った怪我よりも遥かに重い怪我を負っているシエルが。


「手短に状況教えて!」


 背丈程の長い棒を手にして臨戦態勢で立っていた。


 誰も居なくなったこの場所に一人で立つシエルを見てミカは思う。


(この人……戦える側の人間だ)


 あの一撃を不意打ちで喰らって建物の中に突っ込んで、結果大怪我を負ってもそこに立っている。

 取り乱す事無くそこに立っている。


 そして直接的な戦闘能力よりも。


(それも間違いなく場数を踏んでる)


 先の喫茶店での会話から波乱万丈な日常を送っている事は察する事が出来たけど……それでも此処までだとは思わなかった。

 おそらくこの場で最もこの状況に順応している。


 ……そういう人が相手なら、手短に状況を伝えられる。

 色々と察してくれる。


「相手は影を操る魔術を使います! 今その影を広げる魔術を私の結界で塞き止めてる!」


「成程それで外に出てこなかったって事ね。子供の救出を優先してるのはリスク減らす為か」


「理解が早くて助かります!」


 言いながらシエルの元へと駆け寄る。


「じゃあ私中戻るんでこの子お願いします!」


 子供を放しながらシエルにそう頼んだ。


「戻るの!?」


「シズクはどうも近距離じゃまともに戦えないみたいなんで」


 そう言って走る電流に耐えながら転移魔術を発動させようとする。


「ちょい待ち。だったら戻らずミカちゃんの結界解いた方が良い」


 それを冷静にそう言うシエルに止められた。


「いや、でもあの結界解くと周りの人達に被害……が?」


 と、そこで改めて気付く。

 一体この場の誰に被害が及ぶ?


「大丈夫。速攻で避難させた」


「え!?」


 思わずそんな声が出る。


 当然自身から湧き上がる危機感で逃げ出す人も大勢いる。

 だけどそれでも、その場に留まる人も多く居ると踏んでいた。


 その留まった人間を、この短期間で。


(手際が良すぎる……一体普段どんな私生活を……ッ!)


 素直に驚いた。

 中々できる事では無い。


 だけど驚くのは後。


「分かりました。じゃあ結界を解くんでシエルさんはこの子を――」


「いや、逆。このままミカちゃんがその子を守ってあげて」


「え……?」


「万全じゃないでしょ。さっき向うに跳ぼうとしてた時にそんな気がした」


(見抜かれてる)


 それに、とシエルは言う。


「向うが想定外の攻撃をしてきた時、ウチじゃその子を守れないかもしれない。結界も張れないし……それに」


 言われている間に震えた子供にしがみ付かれる。


「その子もこんな血塗れのお姉さんじゃビビるでしょ。そっちは頼んだ」


 そう言ってシエルは再び棒を構える。


「分かりました! シエルさんもシズクの事お願いします! 終わったらまだ合流しましょう!」


「じゃあ結界よろしく!」


「はい!」


 そう言ってミカは再び子供を抱きかかえながら、手を結界の方へと向ける。

 コントロールは破棄して自立型へと切り替えた。

 それでもあの結界は自分が作り上げたものだから、術式構成は自分が一番把握している。


 故に周囲への被害を一切出さない必要最低限の威力での、外部からの破壊も容易い。


 痺れと共に掌に闇属性の魔術で作った黒い球体を作成。

 それを弾丸のように打ち込み、激しい破砕音と共に結界を破壊する。


 次の瞬間、辺り一面に水と影が溢れ出す。

 水は精々あの空間内で足首程度の水量だったが故に、辺りに広がり地面にしみこみ然程広がりを見せない。

 ただ影は半径二十メートル程の地面を侵食した。

 その全域があの男の攻撃範囲。


 そしてその男は、結界を破壊する前にシズクの水属性の魔術の拘束を解いていたのかもしれない。

 既にシズクに接近して飛び掛かり、対するシズクは攻撃を防御する為に正面に結界を張って身構えていた。

 まさにギリギリの状況。


「シズク!」


 ミカが叫ぶと同時、状況を察したシズクが広くなった空間を広く使うように、おそらく水魔術を使って地面を滑るように男から距離を取る。


 そして……その男に距離を詰める女が一人。


「言いたい事山程あるけど、とりあえずシバく!」


 子供と周囲の人間への被害。

 彼女たちを縛る枷は消えてなくなった。


 さぁ、第二ラウンドの開幕だ。

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