ex 聖女の親友、空気が変わる
(な、ななな、何急にぶっこんでんすかシエルさんッッッッ!?)
折角色々と慎重に進めていたのに、いきなり状況がとんでもない事になってしまった。
(い、一体何考えてんすかァッ!?)
突然のシエルの暴走に混乱したのはシズクだけではない。
「え、あ、そ、そそそ、その、な、なんの事、え、その、違くて」
答えが服を着て歩いているみたいな、とんでもない動揺の仕方をしている。
「あ、ち、ひ……ひ……」
それこそパニックで過呼吸になる程に。
「あ、ちょ、大丈夫っすか!?」
「ちょっと待ってウチ袋持ってるよ! ほら、これ使って!」
そして手渡された紙袋を使ってミカは呼吸を整える。
やがてそれが終ると無事ミカは復活してくれた。
「えっと、紙袋……ありがとうございます」
「あ、いや、ウチが突然あんな事聞いたせいだし……お礼なんて別にいいよ」
と、そんなやり取りの後、一拍空けてから涼しい顔でミカは言う。
「それでさっきの話ですけど……なんの事かさっぱり分かりませんね」
「いや、それはいくらなんでも無理があるっすよ」
流石にツッコミを入れた。
もうこうなった以上、慎重に事を進める事なんてできない。
シエルに乗っかって行くしかない。
「む、無理かな?」
「む、無理じゃないっすかね?」
「………………無理かぁ。私の所為でルカ君に迷惑掛けちゃう……どうしよぉ……」
そう言ってミカは頭を抱える。
(……そうだ、どうするつもりなんすか一体)
一応警戒はする。
だけど、落ち込むばかりでミカが何かをしてくる様子は無い。
ただただ、頭を抱えている。
「……バレたからには仕方ないって、暴れだしたりはしないんすね」
「そりゃ……極力したくないよ。暴力なんて最後の手段だって思うから」
それに、とミカは近くのテーブルに座る親子連れに視線を向ける。
「ここじゃ絶対に駄目だって思う」
最早自分が黒装束の二人組の片割れだと隠すのは止めたというように力無くそう言ったミカは、シエルに視線を向けて言う。
「でも、何かされるかもしれないって思わなかったんですか? シエルさん達からみたら私なんて相当な危険人物だと思うんですけど」
「そうっすよ。これどう考えても慎重にいかないといけない話じゃないっすか」
結果的に、そうはならなかった。
全部杞憂だった。
相手は最低限どころか、とても節度が守れる相手だった。
だけどミカ本人が言う通り危険だったのは間違いなくて……本当にどうするつもりだったのだろうか?
「まあ二人の話は一理あると思う。シズクちゃんの言う通り、慎重に行かなきゃいけないっていうのも分かるんだ」
そう言った上でシエルは言う。
「その辺は分かってるから、ウチだって考え無しに踏み込んだ訳じゃない」
「いや、でも直前まで色恋沙汰だと思ってた訳じゃないっすか。切り替え早すぎというか、思い付きで踏み込んだとしか思えないんすけど……」
「思考の時間なんて少しで良いよ。急いで何かを考えるのは慣れてるんだ」
そう言ったシエルは、気が付けば少しだけ纏っている空気が違う気がした。
そしてシエルは真面目な表情で言う。
「伊達に月二回ペースで厄介事に巻き込まれて無いって訳よ。そこらの女の子とは潜ってきた修羅場の場数が違う」
なんだかこの前四人であった時に話していた近況とは、まるで違う事を。
「あ、あの……シエルさん? なんか前に聞いた話と全然違うんすけど? 確か最近麻薬の取引現場に偶然居合わせたりした位だって……いや、それ位で流せる話じゃないんすけど、それはそれとして……じ、実は他にも巻き込まれまくってる感じなんすか!?」
「そだよ。でもまあ嘘は言ってないよね。実際それだけが最近あった事だよ。今月はそれだけ」
「いや……いやいや、あの場合の最近ってどう考えてもここ数か月とか半年とか、そんな感じな話だったじゃないっすか。アンナさんとは数年会って無かった訳だし……もうそれ半分嘘みたいなもんっすよ」
アンナがこの国に来てから大丈夫だったかの質問に対する解がソレだった訳で。
嘘では無いのだろうが……それでも聞かれた事をうまく躱したような物だから、それは嘘に限りなく近い何かだ。
そしてシエルは言う。
「まあそうかもね。でも馬鹿正直に流石に本当の事は言えないでしょ……少なくともこうやって速攻で切り替えができるようになる位には色々とあった訳だからさ。ただでさえ色々大変なあっちゃんにこれ以上心配はさせられないよ」
「……そうっすか」
それを言われたらそれまでだ。
そもそも咎めるような事でもないのでこれ以上追求はしない事にする。
麻薬取引の現場に居合わせる事は話せるというアンナとシエルの感覚というか昔あっただあろう色々な事件の話は聞いてみたくはあるけど。
「あ、分かってると思うけど、これあっちゃんには内緒ね」
「分かってるっすよ」
「なら良し……じゃあ一応踏み込んだ根拠とかを話しておこうか」
そう言ってシエルはアンナとルカの居るテーブルに視線を向ける。
「本当にヤバい奴はなりふり構わない。ああやってミカちゃんの相方が話し合いに応じている時点で、幾分かリスクは低くなる。それに多分目立つ事はやりたくないでしょ。それこそなにやってたのかは知らないけど、暗躍って言葉がしっくり来るような行動をしてるんだからさ」
「でも話すだけ話して、後は目立たない所で……って事もありますよね。私が言える事じゃないですけど」
「そうなった場合あっちゃんは勿論、聖女やってたシズクちゃん相手ならならどうやっても目立つ感じな事になるだろうし、そもそもそういうリスクがあるから向こうも穏便に進めてるんでしょ。まあウチが襲われたらどうにもならないだろうけど……まあ、そうなったらその時」
「その時って……そんなに軽く」
「ち、ちなみに他に理由は……」
「ああ、後は直感」
「「直感!?」」
突然IQが下がったような発言をされて二人してそんな声を上げるが、なおも真剣な表情でシエルは言う。
「そ。アホらしい話に聞こえるけど、物事判断する上で理屈並べるのと同じ位大事な事だと思うよ。それに従って良い思いも痛い目も見てきたウチの持論」
そう言ってシエルはミカに視線を向けて言う。
「ウチの直感が、此処で踏み込むリスクと得られるメリットを天秤に掛けて、メリットに傾いた。ゆっくり慎重に機会を伺って逃すより、此処で踏み込むべきだと判断したんだ」
「……あの、一つ良いですか?」
ミカがシエルに問いかける。
「そうやって色々と理由を並べても、やっぱり危ない事ですよね? それなのにどうして……」
「今日ウチらとミカちゃんは色々と勘違いして此処に一緒に居る。そんな偶然はそう無いし、今踏み込まなきゃ機会を失う。それに二人から別々に話を聞いておいた方が後で情報の真偽を測りやす――」
「あ、いや……そういう事じゃなくて」
ミカは一拍空けてから言う。
「シエルさんは……まあ話聞いてる感じ大変な私生活を送ってそうですけど……その、今起きている色々な事と関係の無い一般の方ですよね? それなのになんでそんなリスクをって話で……」
「立場なんて関係ないよ。親友が色々と巻き込まれていて、自分がそれを手助けできるかもしれない状況に立っている。リスク覚悟で踏み込むのにそれ以上の理由なんている?」
即答。
ただ当たり前の事を言うようにシエルはそう言った。