ex 受付聖女、尾行
時刻は少し遡る。
(……さて、今日中にやっておく事はこれで終わりっすねー)
そんな事を考えながら、シズクは王都の人通りの多い通りを歩いていた。
明日は冒険者としての初仕事に出向く。
これまでずっと送り出す側だったのに、今回は自分が送り出される側になると思うと変な感じはするけれど、とにかく楽しみではある。
あと普通にそろそろ生活費が付きかけているので単純に嬉しい。
ここ最近新しい友達ができた事もあり、勢いでお金を使い過ぎた。
(いやー明日は楽しみっす)
本当に色々な意味で。
と、そんな事を考えるシズクの視界に、見覚えのある人物が飛び込んでくる。
(あ、シエルさんだ)
なんだか何かの捜査官みたいな黒いサングラスを付けて帽子を被っているが間違いなくシエルだ。
そんなシエルが、その恰好通り何かの捜査官みたいに壁に張り付いて、まるで誰かを尾行しているような動きをしている。
(……よし)
なんか面白そうなので声を掛けてみる事にした。
「どしたんすかシエルさん。無茶苦茶不審者っすよ」
「うわ……ッ!? びっくりした、シズクちゃんか。脅かさないでよー」
突然声を掛けられて驚いた様子を見せるシエル。
「いやぁ、すみませんっす。で、何やってんすか?」
「っと、そうだ。大事件だよシズクちゃん」
「大事件?」
「手短に言うとあっちゃんが男作ったっぽい」
「え、ま、マジっすか!?」
「しー! 声が大きい」
「すんませんっす」
だけど仕方ない。
大事件だ。
大事件過ぎる。
(え、アンナさん王都に来たのほんと最近だったっすよね? そして最初の二、三日は誰かしら一緒にいた感じだし……じゃあほんとこの一、二日で!? えぇ……マジっすかぁ!?)
「……あ、マズイマズイ見失う。細かい話は後。追うよシズクちゃん」
「え、あ、は、はいっす!」
正直人の比較的デリケートなプライベートの話なので、寧ろ止めるべきではとは思ったけど……なんというか、凄く申し訳なくはあったが好奇心が勝った。
勝ったというか好奇心だらけだ。
故にシエルと共にアンナと、アンナに腕を掴まれている長身の男を追う事になった。
「あ、良かったらこのサングラスと帽子使う? スペア持ってるし」
「なんでそんなの携帯してるんすか。後それ付けてた方が目立つっすよ……やるならもっとこういう手を打つべきっす」
そう言ってシズクは魔術を発動する。
付与する対象は自身とシエル。
「これは?」
「尾行するにはもってこいの魔術っすね」
効力は……認識を阻害する魔術。
流石に正面から見られた場合や、自分達を探しているような相手にはあまり大きな効果が得られないが、向こうがこちらに気付いておらず、行動も尾行程度に抑えるならそれなりに効力を発揮する。
「……これで、気付かれにくくなったっすよ」
「なんだかよく分からないけど、ナーイス」
そう言って差し出してきた手に軽くハイタッチ。
もうシズク自身も結構ノリノリだ。
と、そんな楽し気な空気でデートらしき行為の尾行を始めたのだが、そこで異物に気付く。
(ん? あの子も……あの二人を追ってるんすかね?)
此処までアンナとその隣を歩く男に集中し過ぎて気付かなかった、別の物陰に隠れるいつから居たのか分からないもう一人の尾行者。
とても不安そうな表情を浮かべた、シズクと同い年位の黒髪の、どこか気品が感じられる女の子がそこに居た。
(アンナさんの知り合い……いや、どちらかと言えば男の方の知り合いっぽいっすかね)
だとすればだ。
(なんだか修羅場の臭いがするっすよ)
例えば男の方が二股を掛けているような、碌でもないタイプの修羅場が容易に浮かんでくる。
「あ、角曲がった。行くよシズクちゃん」
「あ、はい」
そして言われるままに二人の後を着ける訳だが……流石に尾行で身を隠す手段など限られている訳で。
(な、なんか不思議な状況になったっすね……)
見知らぬ女の子を一人迎えて二人を追う感じになった。
となれば、流石に小声での最低限のコミュニケーションも生まれてくる訳で。
「えーっと……隣の男の人の知り合いっすか?」
「は、はい。そういうあなた達は、あの女の人のお知り合いですか?」
「友達っす」
「あ、ウチもそんな感じ。そっちは?」
「えっと……私、ルカ君の何って言えば良いんだろ」
少し困ったようにそういう少女。
はっきりとした答えは返ってきていない物の、これはどう考えてもそういう方向の関係性を築いているとしか思えなかった。
(こ、これはより一層修羅場感が増してきたっすよ! アンナさん! 手を出したのか出されたのかは分かんねえっすけど、かなりマズいっすよ!)
「ま、まあ私の事は良いです。あ、あの人とルカ君……ど、どういう関係なのかな?」
「ボク達も分からないから追ってる感じっす」
「分かんないけど……ウチは恋仲と見た」
「……ッ!?」
シエルの言葉に少女が露骨にショックを受けたような表情を見せる。
「……じゃ、じゃあ、これってやっぱりデート中だったり……」
「そうじゃないかなって思ってるよ。あのイケメン高身長とあっちゃんだと凄いお似合い感もあるし」
そしてなんだか泣きそうな表情を浮かべた少女は、一拍空けてから言う。
「た、確かにあの人可愛いし……る、ルカ君がそれで幸せなら……お、応援しないと……うん、それが、一番大事……」
そういう少女はもう膝から崩れ落ちそうである。
なんかもう、出会って早々見てられない感じになってる。
「げ、元気出すっすよ。まだ確定情報何もないんすから」
「う、うん……でも私ルカ君に一杯迷惑掛けてるから。そもそもまだ何か言えるような関係じゃないし……私なんかの事気にせず、幸せになってほしいなぁ……」
「……」
(こ、この子良い子だ! 絶対泣かせちゃダメなタイプのいい子っすよ! こんな子が居ながらあのルカって男は何やってんすか!?)
具体的にこの少女とルカという青年の関係性は分からないけど、なんだか怒りが沸いて来る。
(く、くそ……なんか面白そうで尾行しちゃったっすけど、無茶苦茶厄介な展開になってきたっすよ!? これ何? ボクはどういうスタンスで見てればいいんすか!? 応援すればいいんすか!? どうなんすか!?)
しかし考えても答えなんてのは出てこなくて、そしてゆっくり考える間も無く状況が変わる。
「あ、見て。あの二人なんかお店入るみたいだよ」
「「……!?」」
どうやら二人は喫茶店でお茶でもしていくらしい。
「どうする? ウチ達も突入して近くの席で盗み聞きでもしちゃう? いや、でも流石にバレるか。正直色々気にはなるけど、良い感じの雰囲気なら邪魔はしたくないんだよね……」
「いや、さっきの術式の効力で、僕達に注意を向けられなかったら大丈夫だと思うっすよ」
「じゃあ突入しようか」
そう言ってコソコソと先導するシエル。
最早引き下がる空気でもないし、色々と気になり過ぎるから着いていくけど……果たして、隣の女の子はどうだろう。
「えーっと、どうするっすか? もし一緒に行くならあなたにも認識阻害の魔術掛けるっすけど」
「あ、えーっと、でも見つかったらルカ君の邪魔に……でも……」
少し迷うような素振りを見せた少女だが、それでも答えは出たようでシズクに言う。
「……お願いします」
「了解っす」
そして少女にも認識阻害の魔術を掛ける。
これで突入準備は整った。
三人はカップル(推定)の後を追い、店内へと足を踏み入れた。