2 聖女さん、追放されたし旅支度
王国を出る為に荷物を纏める事にした。
「しかしこれは名残惜しいかも」
私は聖女を勤めていたけど、住んでいたのは城内や城下町ではなく昔から変わらない森にある家。
自宅兼、魔術研究所だった。
私がこの国にいられないのは別にいいとしても、この住み慣れた自宅と研究所を捨てるのは惜しい。
……とはいえ私が使えるいかなる魔術を使っても、この家と研究所をどこかに転移させたりする力は流石に無いし、そして転移させる土地も持ってない。
「……諦めるしかないかな」
あの馬鹿のせいで私が何かを諦めるのは大変イライラするのだけど、それでも仕方のない事は仕方がないかな。
また良い感じの新しい物件と巡り会える事を期待しよう。
そう、諦めかかった時だった。
「……そうだ」
別に何も諦めてしまう必要なんてない。
向こうは孤立している私相手に手が出せない連中だ。
そんな奴らの指示に、何も全部従う必要はないんだ。
だから私は人気の無い森に佇む自宅と研究所に結界を張る事にした。
そこに無断で誰かが立ち入れないようにする結界と、何もないようにカモフラージュする結界。人払いの結界を張る。
そしてその結界内に転移の魔方陣。
これで余程の事がなければ、私の自宅が取り壊される事は無いだろう。
だって端から見れば既に取り壊されているし、そもそもこんな所に人なんて来ないから。
そして私自身も城の連中や憲兵達に見つからなければいいだけで、この自宅に帰ってくる位は良いだろう。
だからここに転移の魔方陣を張った。
転移の魔方陣は陣と陣を繋ぐワープホールだ。
後は異国の地で部屋を借りて、そこにも魔方陣を張れば好きに戻ってこれる。
国外からとなると相当な距離があるけど私ならやれる。
……だてにこれまで聖女をやっていない。
「……よし」
そして私は施すべき魔術を全て施して、簡単な荷造りだけをして家を出た。
「行ってきます」
しばらくしたら帰ってくるよ。
※
王国を出た私が向かう事にしたのは隣国の王都だ。
その隣国が貿易が盛んな国で人の出入りも多く移民の受け入れも比較的寛大なので、追放された私が最初の目的地として設定するのは無難な選択で間違ってはいないと思う。
そして……まあ移民でも勤めやすいからという理由もあるのだろうけど、冒険者という職業が盛んなのだから、冒険者でもやろうと考えた私にとっては絶好な場所なんだ。
そんな訳で陸路徒歩になるけれど目指せ隣国……なんてやってられる訳がなくて。
流石に徒歩では遠い。
だけど馬車などを利用するのはお金が勿体ない。
だから私は飛んで行こうと思う。
「リュウ君おいで!」
私は自宅の前でポンと手を叩く。
すると頭上に魔方陣が展開され……出現したのは人数人を乗せられる程度の小型の黒い飛竜のリュウ君。
召喚獣……私の家族である。
「よーしよしよし。あんまり激しくじゃれ付かないの。私じゃなきゃ死んでるぞー」
出て来て早々じゃれ付いて来るリュウ君を撫でながらそう言う。
……うん、やっぱり人前で出せないなリュウ君。
冗談抜きで死人が出るよ……それこそ私と同じかそれ以上の強さの人の前じゃないと出せない。
「さてさてリュウ君。早速だけどちょっと隣の国まで乗せてって欲しいんだ」
「……?」
リュウ君はそれまたどうしてという風に首を傾げる。
「いやあ、あの馬鹿な王様にこの国を追放されちゃってさ私……ってストップストップリュウ君! 王様殺しに行こうとしないの!」
明らかに城に向かって飛び立とうとするリュウ君を必死に宥める。
これでリュウ君が王様ぶっ殺したら私が人殺しになるじゃん!
でも私の事考えて動こうとしてくれた! 嬉しい! そういう所ほんと好き!
……と、とにかく。
「リュウ君とりあえずさ! とりあえず今は隣国へ飛んでよ……多分態々リュウ君が手を下さなくてもさ、馬鹿な事してる報いはちゃんと受けるから」
「……」
リュウ君は一応納得してくれたようで、私を背中に乗せる為に体勢を低くしてくれる。
私はそんなリュウ君の背中に乗った。
「じゃあよろしく頼むよ、リュウ君」
私がそう言うとリュウ君は翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
馬車よりも何よりも、多分これが一番早いと思います。