ex 影の男、覚醒
時刻は僅かに遡り、最深部での戦いが勃発した頃。
「……くそ、人の体好き放題使いやがって！」
聖女五人にサンドバックにされたハロルドは意識を取り戻した。
ユアンに肉体のコントロールを奪われている間の記憶の大半は覚えていて、だからこそえげつない破壊力の攻撃を受け、肉体が再生し、再び攻撃を喰らうという生き地獄のような感覚も鮮明に覚えていて、それを味合わせてきた五人の女と、そもそも自分の体を好き放題利用した上に、自分達の知らない何かをしているユアンに対する強い怒りが湧き上がってくる。
……そして怒りがあろうとなかろうと、こんな所で伸びていては碌な未来が待っていない。
逃亡するにせよ復讐するにせよ、まずは起きなければ。
（……なるほどなぁ、随分頑丈な拘束魔術が掛かってやがる。強化魔術でごり押しは……）
「……ッ！？」
（……余計に痺れが強くなりやがる。めんどくせえふざけんなよあのアマァッ！）
心中でこの拘束魔術を掛けた五人の中で一番小さいガキの姿を思い浮かべた後、軽く深呼吸して冷静になる。
（……）
冷静になって、拘束魔術の解除を試みる。
（……なるほど）
心中でそう呟き、思考を巡らせ……約一分後。
「っしゃあ、解除完了！ 俺マジで天才ィッ！」
むくりと起き上がったハロルドはテンション高めにガッツポーズする。
その体に痺れは残っていない。
某国の聖女の体を数日間蝕んだその拘束を、ハロルドは一分足らずで解いて見せた。
「いやぁ。ヤベー奴らばっかり出てきやがったが、やっぱ俺も天才なわけよ！」
調子に乗ってそう言う通り、ハロルドもその若さで一組織の幹部に名を連ねる程度には魔術の天才である。
少なくとも一般人の次元から見れば。道を踏み外さなければそこそこ有能な魔術師として世に名が知れたかもしれない程度には。
そしてそんな彼の肉体を操作して発動させた、他人を操作する影の魔術の影響化にあったルカという男はこの術式の解除に成功している。
その時の情報と感覚を辿ればいい。
読み取り活用する位ならハロルド程度の天才にもできる。
「俺復活！ ……って訳にもいかねえか」
怪我が治りきるまえに意識を失っていたため、普通に全身に大怪我を負っている。
このままではあまり激しい動きが出来ない。
とはいえ回復を悠長に待てるような状況ではない。
おそらく自分達は切り捨てられた。
何かを企んでいるユアン・ベルナールに切り捨てられた。
ああ、そうだ。
ユアン・ベルナールは自分達を利用して何かを企んでいる。
そして今後此処に助けが来ることも無く、そしてやがて自分達をより強くしているこの空間の魔術もいずれは消滅するだろう。
そうなれば時期に自分は捕まる。
今のままでは此処に居ても地上へ上がっても捕まる。
それは駄目だ。
自分達の身の保身という観点も非常に大きくあるが、それと同等程度に本部に持ち帰らなければならない情報を手にしてしまったから。
ユアン・ベルナールは自分達の味方ではないという、あまりに重大な事実を持ち帰らなければならなくなったから。
此処で終わる訳にはいかない。
「……さ、どうすっかな」
それを回避するには……最低限強い駒が居る。
この先何をどうするにしても、まずは強い駒が居る。
「駒……そうだ。あんじゃんその手が」
……ああそうだ、まだ可能性がある。
それどころかここから完全勝利へと持っていく為のイチかバチかの策を思いついた。
……此処にはこの世界の最高戦力と言っても良い強者が揃っている。
それ故に自分は追い詰められている訳だが……逆にその全てを自分の駒に出来るのならば。
そんな途方もない策は……けっして不可能ではない。
「っしゃあ、一世一代の大勝負と行こうかぁ！ 最後に勝つのは俺なんだよなぁ！」
そうしてハロルドは地面の中へと。
影の中へと沈んでいく。
目的地までの移動程度なら今の体でもできる筈だ。
その先で……まずは作戦の要を手に入れる。
最後に自分が笑っている為に。
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