ex 受付聖女達、スケールの大きな事件に直面する
拘束はした。
指輪もこちらで抑えた。
それでも安全である保障はまだない。
「「……ッ」」
二人して声にならない声を上げた後、僅かに男から距離を取って身構える。
(……動く様子は……無さそうっすかね)
……拘束魔術がうまく効いているという事もあるのだろう。
だけどそれ以上に……そもそも闘争心が見えない。
あれだけイカれた言動をしていた男がだ。
……そもそも。
(というか、なんすかね……うまく言えねえっすけど……全然違う)
少し前。
戦いが始まる前。
シエルが止めるまでは、男は平静を装い違和感なく周囲に溶け込んでいた筈だ。
だけどそれでも強い力と、関わってはいけない人間だと告げる何かを纏っていた。
だけど今はどうだ。
(……特に何も感じねえっすよ)
常時纏っていたそういう空気は消えて無くなっている。
それこそ全くの別人と対峙しているかのように。
そして……視線だけをこちらに向けて男が口を開いた。
「……時間が無い。治療を続けながらで構わないから聞いてくれ。頼む……」
「「……は?」」
シズクもシエルも、今までの荒々しいサイコな口調とは打って変わった落ち着いた声音に困惑の表情を浮かべ、そんな間の抜けた声を出す。
意味が分からない。
「アンタ何を……」
「意味が分かんねえよな。分かるよ」
そして男は言う。
「俺もお前らの立場だったら意味わかんねえよ。だけど……頼む。話なんて聞いてもらえる立場じゃねえのは重々承知だけど聞いてくれ……ッ! さっきの俺を倒せたアンタ達位にしか託せる相手がいないんだ……頼む……ッ」
違和感。
違和感。
違和感。
理屈は分からないが、どう頑張っても先程まで戦っていたサイコパスと同一人物だと脳が認識しない。
認識しないから。
「シエルさん」
「分かってる……とりあえず聞くから話してみてよ。ただ拘束は解かないから」
そう言って、互いに男を警戒しながらも、その話を聞いてみる事にした。
「それでいい……助かる。そんな怪我を負わせた張本人なのに……ありがとう。本当に……ありがとう……ッ」
そう言って、男は言う。
「手短に言う……今、俺みたいに体を乗っ取られている奴がこの国に何人もいる。やってるのは全員もれなく人攫いだ」
「……ッ」
体を乗っ取られる。
つまり男は今の今までやっていた事が、他人に体を乗っ取られてやった事だと主張しているのだ。
それは一件、自分が罪から逃れようとしている発言に聞こえなくもない。
だけど……だとすれば、違和感の正体に辿り着く。
さっきまで対峙していた相手と別人なら全部腑に落ちる。
「……なるほど、これそういうパターンの奴か」
そしてシエルはシエルで何かしらの考えに辿り着いたらしい。
「……シエルさんは信じるんすか?」
「可能性は十分にあるし、そもそも最初から別人と対峙してる感覚があったし。シズクちゃんは?」
「同意見っす」
「……良かった。絶対信じて貰えないかと思った」
男は安堵するようにそう言う。
「実際人を操れるような魔術だって使える人は使えるんだし、頭ごなしに否定はできないでしょ」
それで、とシエルは問いかける。
「時間が無いって言ったよね。教えてよ……今何が起きてるの? 人身売買?」
「そんな生易しいことじゃねえよ……いや、それでも生易しくなんて絶対無いんだけどさ……とにかく、さっきの俺は言ってたよな? どうせその内全員殺すみたいな事を」
「……言ってたっすね」
聞いていなかった筈のシエルの代わりにシズクが頷き、その時の事を思い返す。
『まあこうなったら認識阻害もクソもねえな。よし。どの道その内やるんだ。ここら一体の目撃者全員殺っとくか』
それはその内全員殺すというニュアンスで間違い無いだろう。
「それで……それが人攫いとなんの関係が……」
「特定の条件の人間を大勢集め生贄にして発動させる大魔術……国一つ位簡単に滅ぼせるような計画が水面下で進んでいる」
「……ッ!?」
突然話のスケールが大きくなって、思わず声にならない声が出る。
そしてシエルも少々動揺した様子で男に問う。
「それ、本当?」
「意識だけはずっとあったから見て聞いたんだ……それが全部虚言だったら嘘だろうな。だけど実際何十人も子供攫ってるのは本当なんだ。だったらきっと本当なんだと思うよ。そして後数人集めれば魔術を発動させる準備が整う筈だった」
「時間が無いってそういう事っすか……」
「ああ。今この瞬間にも別の奴が動いている筈だ。俺が駄目になった補填も必ずやられる。それが済んだら国が滅ぶ。大勢死ぬ。いや、それどころじゃねえ」
そして男は一拍空けてから言う。
「最悪世界が滅ぶぞ」
そんな更にスケールが大きい話を。
「世界が……滅ぶ?」
思わず聞き返すと男は言う。
「そういう話を聞いた」
「え、もっと具体的な話教えてくれる!?」
「そうしてえ。そうしてえが……残念ながら聞いただけだ。専門用語らしい言葉だらけで俺には理解できなかった」
と、男がそう言った時だった。
「二人共大丈夫!?」
ミカが走って戻ってきた。
「ああ、うん。大丈夫」
「いやビジュアル的に全然大丈夫に見えないんですけど」
「とりあえずシエルさんはボクが応急処置中っす」
「そ、そっか……それで」
ミカがゴミを見るような視線を男に向けて言う。
「これどういう状況?」
「……本当に最低限だが伝えることは伝えられた。口封じみたいな魔術が掛けられていた様子も無い……一旦、そうだな。これは言っとかねえと」
そう言って男は言う。
「色々と悪かった。特に一発蹴り入れちまったアンタと……死んでてもおかしくない大怪我負わせたシエルさんには本当に申し訳ないと思ってる」
そう言って男は謝罪するが……。
「え、なんでウチの事しってんの? ……まさかストーカー?」
「人攫いで女子供殴るのが趣味でストーカーとか最悪……!」
「いや、最後の以外はなんか違うっぽいっすよ?」
「最後のもちげえよ……アンタ結構有名人だぞ」
「え? そうなの?」
(……いやだからどんな私生活送ってるんすか!?)
まあとにかく。
「と、とりあえずミカさんだけ全然状況把握してないと思うんで、一旦情報共有しとくっすよ!」
と、一旦今の男の話をミカにも伝える。
「なるほど……確かにあの時感じたヤバい雰囲気はしないし……というか世界が滅ぶって……!」
「もう一度言うが事の詳細までは説明できねえ」
だけど、と男は言う。
「アイツらのアジトの場所は把握している」
「……」
そう言われて、先の男の言葉を思い出す。
『さっきの俺を倒せたアンタ達位にしか託せる相手がいないんだ……頼む……ッ』
この男は自分達に託すと言った。
……つまりだ。
「……つまりボクらにそのアジト叩き潰してくれって言いたいんすか?」
「……そういう事になるな」
男は申し訳なさそうに言う。
「誰かがやらなきゃいけねえ。だけど俺には協力することはできても、一人でどうこうする力がねえんだ……だから……ッ!」
本当に申し訳なさそうに男は言う。
(……さあ、どうするっすかね)
当然どうにかしないといけない。
この話を憲兵にした所で多分それをどうこうできるだけの戦力を動かすとなれば、それ相応の時間が掛かるだろう。
憲兵だけでなく、公務員には良くも悪く感情だけで動けないような大きな縛りがあるから。
ではそういう時にうごけるのはどういう人間か。
(すぐ動けるのはボクら位っすか……)
自分達冒険者やシエルのような一般人のような、大きなしがらみの無いフリーランスだ。
……とはいえ。
(でもボクら三人でどうにかできるスケールじゃ……)
と、そこで浮かんでくる。
この状況で最も頼れそうな三人の顔が。
(でも巻き込んでいいんすか……かなりヤバそうな匂いがするんすけど……)
でも、何もしなければ全員が被害を被りそうでもあって。
……どうする?
と、そこでシエルが言った。
「……分かった」
そう言って頷く。
「そのアジトはウチが潰す」
踏み込んだ。
そしてミカも言う。
「私も賛成」
そう言って頷く。
「今の私がどこまで戦力になるかは分かんないけど、やれるだけの事はやりたい。いや、やらないといけないと思う」
……そして、巻き込む巻き込まないはともかくとして。
「ボクも行くっすよ」
自分が参加しないという考えはない。
これは自分の倫理観的に、行かなければならない事だ。
「……これでひとまず四人だな」
「四人っすか?」
「俺も行く。さっきまでのは俺の力じゃねえが、一応は戦える」
「いや、四人じゃない」
シエルが男の言葉を否定して言う。
「正直四人でどうこうできる程、小さい相手じゃないんでしょ?」
「……奇跡が起きればって所だ」
「やっぱり」
そう言ってシエルは言う。
「極力人を巻き込んだりはしたくないけど、だからといって目に見えて無謀な事を無策でやる程自暴自棄になるつもりは無い。失敗したら世界が滅ぶっていうなら尚更」
だから、とシエルは言う。
「頼れる所に全部頼って全力で潰す。総力戦で行こう」
※
そして。場所は某喫茶店へと移り変わる。
時刻は少し遡り……丁度シエルが影の男を止めた頃。
アンナとルカも、別の事件に巻き込まれていた。