にゃんは世界を救う
それが世界に現れてから、もう五年になる。
多くの者たちが死んだ。
多くの者たちが傷ついた。
エルフも、ドワーフも、獣人も、人間もみな倒れ伏し、大地を覆った。
昨日までバカ騒ぎした友も、背を預け戦った仲間も、慕ってくれた大勢の人々も、そして・・・・・・
・・・・・・大好きだった、あなたも死んだ。
私の耳を可愛いと言ってくれた、私の尻尾を美しいと言ってくれた、獣人の私を心の底から愛してくれたあなたは、もう居ない。
「勇者・・・・・・サマ・・・・・・」
私はあなたの亡骸を抱く。冷たくなった、事切れたあなたの亡骸を抱き締め、一人涙する。
共に泣いてくれる仲間も友も、既にどこにもいない。
風が吹く。切断された右耳が痛む。尾が痛む。傷ついた体に、風がしみる。
私は歩いた。歩き続けた。勇者サマの亡骸を抱いて。それから少しでも遠いところまで。
綺麗な泉があった。ここなら、良さそうだ。
私は勇者サマの亡骸を、泉で洗った。
丁寧に丁寧に、土を払い、血を洗い流し、蛆を落とした。
綺麗になった勇者サマを地面に寝かせる。欠けてしまった所は、私の爪と毛で縫い合わせた。お裁縫は、昔から得意だった。
私は泉のほとりに、勇者サマを埋めた。
土を掘ると、指から血がにじんだ。爪を抜いたから、無理もない。あなたの為ならこのくらい、どうってことはないのだ。
塚をつくり、標をたて、私も泉で身を清めた。きっとこれが、最期の機会になる。
あなたが褒めてくれた耳も尾も、既に腐って落ちてしまったけれど、せめて体だけは綺麗にしておきたい。・・・・・・水が苦手なのは相変わらずだけど。
その日の夜は、久しぶりに楽しかった。
塚のそばに寝転び、空が白むまで話をした。
あなたと初めて出会ったときの事
皆と旅をしたときの事
酒場で腕相撲をしたときの事
話は尽きなかった。返事はもちろん、帰ってこない。
夜が明ける。朝日が眩しかった。
私は立ち上がり、荷物をもつ。
「勇者サマ。それじゃ、ちょっと世界を救ってくるにゃん」
私はそう言って、にっこりと勇者サマにはにかんだ。
きっとあなたは、怒るだろう。きっとあなたは、嘆くだろう。
それでもきっとあなたは笑って、私を優しく抱き締めてくれるだろう。