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知らぬが仏

作者: 川上直希

「三日後に隕石が地球にぶつかります。」

「何言っての?」

小さな部屋に沈黙が初夏の風と共に流れる。



若いエンジニアらしき人が、さっきよりゆっくりと繰り返す。

「三日後に、隕石が、地球に、、、ぶつかります。」

「ごめん。速さの問題じゃないよ。」


優しそうな顔つきの男は白髪まじりの頭を掻きながら脳内を整理しながらどこから何を聞けばいいのか悩んでいた。

彼等がいる部屋は小型の宇宙双眼鏡を開発している会社の技術開発部が大元の会社から与えられたもので、エアコンが完備してあるが、断熱材のせいなのか部屋は常に生ぬるい空気が漂っている。技術開発部の開発は順調に進み、今は試験段階にある。開発が順調に言ったのは、先程訳のわからぬことを言っている、エンジニア--井上嘉人のおかげである。その天才エンジニアが馬鹿げたことを抜かしているのである。チームリーダーである池田騎優は頭を掻きながら彼に質問を投げかけた。


「何を根拠に言ってるんだい?」


井上は即座に返答を返す。


「こちらの画像をご覧ください。私たちが開発した小型宇宙双眼鏡で撮影した隕石です。」


そこにはジャガイモのようなものが鮮明に写っていた。


「ジャガイモのような隕石がベテルギウスの方角から重さ5000万トン、時速360kmでこちらに向かって来ています。事実を証明するデータと計算式を今お持ちします。」


そう言うと、井上は廊下から紙でいっぱいになった段ボールを持ってきた。


池田は矢継ぎ早に資料に目を通していく。

「しっかしすごい量だな。」

「はい。五ヶ月前から準備して、今日やっと完璧に証明することができる準備が整いました。これなら誰も反論できません。」

「少し時間をくれるかい?君の論理が正しいか確認したい。」

「わかりました。」


そう言うと、井上は部屋のソファに腰をかけ、文庫本を読み始めた。


3時間後、池田はゆっくりと顔を上げてしばらく目を瞑ったあと、

「井上くん、めちゃくちゃ分かり易かったよ。」

「ありがとうございます。」

「一番そこに驚いちゃったわ。」

「イラストも豊富だし、数式もすごい理解しやすい。何より専門用語を一切使っていないところに好感が持てる。」

井上はとても嬉しそうにしている。


「ところで井上くん」

「はい。」

池田は神妙な顔つきになり、また頭を掻き出ながら聞いた。


「マジで隕石来ちゃうんだね。」

「はい。」

「それも、地球が真っ二つになるほどの巨大な隕石が」


夕暮れの風がゆっくりと部屋に入り込む。天気はくもりだが、部屋の中は生ぬるい。

胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。

さまざまな考えが頭に巡っていたが、何故か落ち着いていた。


「全然パニックになりませんね」

井上は不思議そうに聞いてくる。



「俺もそこが不思議なんだ。」



資料に目を落とし、考えをまとめるように話し出した。

「まず、俺はまだこのことが信じられていないんだと思う。あまりにも突飛な話だ。それと」

「それと?」

「諦めだな」

「諦め?」

「俺にできることは何もないだろ?プーチンに連絡すればいいのか?ホワイトハウスに教えてやったらいいのか?」


胸ポケットから飴玉を取り出し、口に放り込んだ。

次第に自分にできることがあるのではないかと思い始め、頭を掻きむしりながら必死に思考を巡らせ始めた。

すると、無意識にポツリと呟いた。


「どうすりゃいいんだ」


突然部屋に強い風が入ってきて、机の上にあった紙の資料を一つ残らず吹き飛ばした。

風に飛ばされている紙を見ていると池田は怒りが沸々と湧いてきた。


池田は井上をギラっと睨みつけ、口の中にある飴玉を怒鳴りつけた。

「どうして、俺にこのことを知らせた?」


井上はびっくりして、怯えるように言った。

「ダメでしたか?」


さっきよりも声を荒げて

「当たり前だ!このことを知らなければ、俺は悩まずに済んだ!考えずに済んだ!あと三日はいつものように穏やかな気持ちで家族と過ごすことができた!」


池田は紙コップのコーヒーを一気に飲み干し、叫んだ。

「お前はそのかけがえのない時間を俺から奪ったんだ!」


そう言うと、池田は部屋から風のように飛び出していった。

池田の行方は誰も知らない。

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