春花2
私立中学に上がってから、私の成績は急に中の下くらいになった。それまで自分は勉強ができる方だと思っていたけれど、私立中学には試験で選抜された同じレベルの子が入学してるからそんなものかなとも思った。だが母はそうは思わなかった。
「みんな成績が下がったの?違うでしょ。1位の子も、最下位の子も、その子たちはみんな、小学校まではそれなりにできた子たちなのに。何が違ったと思う?合格してからの努力でしょ。何で努力をしなかっただけなのに、仕方ないと思うの?」
私の母は誰もが知る有名私立大を卒業している。現在はIT企業で管理職として働く、所謂バリキャリ母だ。母はそのことを誇りに思っていて、だから私と弟にもいかに良い大学を出て良い会社に就職するか、その必要性を常日頃から訴えていた。
父は地方の国立大を出て公務員をしている。性格は穏やかでいつもニコニコしているが、生来のものというより、恐らく自分よりも稼いでいるであろう母に強く出れないのだろうと私と弟は考えている。私の中学最初の試験の結果が出た日、母が私に毎日2時間勉強し終わったらノートを見せなければならないというノルマを課した時も父は「大変だなあ」と苦笑いしながら言っただけだった。
母は私を自分が出た大学より更に難関の都内の国立大学に入れたかった。特に母は「女が自分でキャリアを掴むこと」に執心していて、だから弟よりも私への期待が大きかったのか、小学校から学習塾に通っていたのも毎日の勉強のノルマも私だけだった。できないからといって怒鳴ったり暴力を振るわれることはなかったが、露骨にため息をつかれたり、悲しそうに「あなたのためのことなの」と言われたりした。私は純粋に母を悲しませたくなくて、勉強を頑張るようになったが、成績はいつも皆の真ん中あたりで停滞していた。高校に上がっても同じだった。
先述のように、私は都内の私立大学に通っている。つまり、私は母の希望した国立大に受からなかった。それどころか、母が卒業した大学よりもワンランク下の大学にしか入ることができなかった。しかも、一年浪人した結果だった。現役の時よりも滑り止め受験の数を増やして、その中の一つに受かっただけだった。
「いや、春花が受かった大学だって名門じゃないか。すごいすごい」
国立大の合格発表のあと、父は取り繕うように明るく言ったが、母は顔も見てくれなかった。その頃には、私と母の関係は決して良好なものではなくなっていた。
「そうだ、春花の受験終了と合格祝いに、今日はうまいもんでも」
「私は仕事残ってるからパス」
父の言葉を遮った母が、初めて私を見た。
「誰かのせいだって思ってるんじゃないの?成績が落ちたのも、浪人したのも、第一志望に受からなかったのも」
「お母さん、今はいいじゃないかそんな話」
「あなたの努力が足りなかったからでしょ、違うの?それなのに、悔しがりもしないのね。一生懸命やんなきゃ悔しいなんて気持ちもわかないか」
「国立大が第一志望だったのは、お母さんの方だよね」
私がそう言うとお母さんはまた大袈裟にため息をついて、私たちに背を向けた。そしてその日から、母は私に関心を向けなくなった。愛想を尽かされたのだろう。
さらに一年後、弟が母の卒業した大学へ進学することが決まった。私も受験したが受からなかった大学だった。母は私の時と違い弟の合格を喜んだ。普段ほとんど話をしなくなった母がアルバイトから帰宅した私を呼び止めた。
「土曜日の夜に夏樹の合格祝いをするけど、予定ある?」
「バイト入れた」
「そう」
私が行けないからと言って、日にちが変わったりはしない。この家は昔から母中心に回っていた。結局私の合格祝いだって開催されなかった。(父がこっそりケーキを買ってきてくれて二人で食べたが。)そして弟の大学受験が終わってからは、母の中で私は完全に空気のようになってしまった。