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もう神には頼りません ~偽聖女のついでに王子の偽婚約者にされました~  作者: 佐崎咲
第一章 神様なんて信じてないのに聖女とか
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9.王太子の腹の中 ※リヒャルト視点

 あの大雨の日、ユリシアの家の壁から漏れ聞こえてきた声には衝撃を受けた。


「神様なんてクソだわ、クソ!!」


 まさかこの国にもそんなことを言う人がいるとは思わなかった。

 それを宥め始めたもう一人の少女も、神など信じていないという。


 この国の頂点に立つのは国王だ。

 しかしそれと変わらぬほどの影響力を持つのが、ゼレニウス教会の頂点である大司教だ。

 城下町の人たちのほとんどはゼレニウス教徒で、その教義は広く浸透している。

 だから大司教が告げる『聖女の言葉』に民は大きく影響される。


 人々の代わりに聖女が祈れば、神に願いを届けてくれるのだから。

 良いことがあれば、それは聖女の祈りのおかげ。

 悪いことがあれば、それは神の教え。


 そうした考え方が人々に強く根付いていた。

 だからこそ、当たり前のようにそんな会話をする二人の声に驚いた。


 神殿から遠く遠く離れた農村には、ゼレニウス教は浸透していないのかもしれない。

 そのせいかもしれないが、聞こえてくる言葉はどれも確かに、と思わず頷いてしまうほどの正論に聞こえた。

 驚きに目を瞠りながら雨音が遮る中に耳をすませば、最後にもう一人の声が言った。


「まあ神様なんてものがいるにしてもいないにしても、期待しすぎず、できる限り頼らず自分たちの力で生きてく方が心身とも健康よね」


 それは何て生きやすい言葉だろうかと思った。

 王太子という立場であるリヒャルトは、ずっと教会が人々に与える軽くはない影響をその目にし続けていた。

 時折、依存と言っていいほど神に祈ることしか知らず、自らの足で立ってはいないような者を見ると、言葉にできないものが胸をもやもやと占めた。

 この少女が言うように多くの人が、神と、教会と、自分とでうまく支え合いながら生きていけたらいいのに。

 そう思った。

 家へと通され、それを発したのが看病をしてくれているユリシアだとわかったときには、何故だか妙に納得した。

 ただ怒りを発するだけではなく、自分で考えている。

 そういう人間だと思った。


 声だけでなく、話しているその姿を見るにつれ、興味が湧いた。

 ユリシアは、行動はお人好しだなと思うのに、言葉は飾らずぶっきらぼうで、その顔にはあまりに素直に全ての感情が現れていた。

 リヒャルトの服装を一瞥してそれなりの者だと理解したようなのに態度は変えず、貧しさを下に見るような発言をしても素直に怒りを返すだけで、追い出そうとはしない。かと言ってへりくだるでもない。

 リヒャルトがただひたすらに眠っている間は、文句も言わず看病をしてくれた。

 基本的にお人好しなのだろう。

 けれど、彼女のそれは人には伝わりにくい優しさだ。


 風邪が快復し、別れを告げたとき。

 そんなユリシアの瞳に、初めて少しだけ寂しげな色が浮かんだ。

 それを見たとき、リヒャルトはあまりに正直なその顔が、あまりに嬉しくなってしまって、それ以上は何も言えないままに踵を返した。


 もっと知りたいと思った。

 こんな風にいろんな顔をもっと見てみたいと思った。

 そして自分がそれを引き出したいと強く思った。


 ユリシアの家から去り、忠臣達と待ち合わせた場所へと向かいながら、リヒャルトはひたすらにユリシアのことを考え続けていた。

 どんなことを言えば笑うだろうか。

 考えたが、わからなかった。

 貴族の令嬢たちが喜ぶ言葉ならいくらでも出てくるのに、ユリシアがどんなことで喜ぶのかがまったくわからなかった。

 だから聖女としてユリシアを迎えに行ったとき、手土産は考えに考え抜いて決めた。

 それらを一つ一つ目の前に置かれ、ユリシアの顔が驚きから少しだけ笑みに変わるのを見た。

 華美なものではなく、この家に必要な物を送ったリヒャルトの意図に気付いてくれたのだ。

 そのことが何故だかとても嬉しくて、もっとユリシアを喜ばせたいと思った。


 けれど。

 ユリシアを王太子妃として城に留め置くことは、彼女の自由を奪うことだとわかっていた。

 だから解放を約束した。

 思ったよりもそれを惜しいと思う自分にリヒャルトは内心でため息を吐いた。


 欲しいものなどいくらでも手に入ったのに。

 ユリシアだけは、どうやっても手に入らない。そんな気がして。


 心が欲しい。

 ユリシアの瞳に、リヒャルトへの愛しさを浮かべたい。


 そんな欲が沸きあがるのを、リヒャルトは必死に抑え込んだ。

 ユリシアの自由とリヒャルトの望みは、相反するのだから。

 リヒャルトは望まない結末へと向かうしかない計画を推し進めなければならないわが身を、少しだけ呪った。

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