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もう神には頼りません ~偽聖女のついでに王子の偽婚約者にされました~  作者: 佐崎咲
第一章 神様なんて信じてないのに聖女とか
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8.絆された

『アレクシアの、ばかーーーーー!!!』


『え? いまさら?』


 脳内にきょとんとした声が返って、私は脱力して馬車の壁にもたれた。

 村から離れるほど揺れの少なくなっていく馬車に揺られながら、私は市場へと運ばれていく子豚の気持ちを思った。


 素直だけど悪意はないと思っていたリヒャルトが、とんでもない策士だとわかって、だけどそれも国のためで。

 リヒャルトに怒りを向けることも恨むこともできなくなってしまったけれど、私のこのもやもやが消えるわけではない。

 自然とその矛先はアレクシアに向かう。

 けれどアレクシアに怒りを向けたって、意味のないことだ。


 ままならないモヤモヤに、つい目の前のリヒャルトに向かってぶっきらぼうに口を開いてしまう。


「大体さ、なんで王子自ら密偵みたいなことしてんのよ。あんなずぶ濡れになりながらさ。他の人にやらせればよかったじゃない」


「他の誰かでは意味がない。私とおまえが恋仲だと周囲に知らしめる必要があったのだ。教会は隙をつこうと狙ってくる。必ず村にも真偽を確かめに行く」


 まじか。

 そんなことまで計算して行動していたのかと驚く。


 同時に、ちょっと待てよ、と頭が思考停止する。


「恋仲だと知らしめる、って。まさか――」


「ああ。昨日村を去る前に、ユリシアの家で世話になったことを村人たちに吹聴しておいた」


「いや、それでなんて言ったの……?」


「世話になった。明日迎えに来る。これから永い時を共にしたいと思っている。それから」


「ごめん、もういい」


 とても聞いていられなかった。

 だけどこれでわかった。


 リヒャルトが去った後、村中の人たちにやいやいと肩を小突かれ回ったのだ。

「ユリシアも隅におけないねえ」とニヤニヤされ、「迎えに来るんだろ? 女を磨いとかなきゃね。手伝おうか?」とか、どんな誤解だよと思っていたが、全てリヒャルトが吹聴したことだったのだ。


 嘘……では、ない。

 でもわざと誤解させるような言い方をしたのだろう。


「私がそばを離れている間にもし教会の手の者が聖女を探しにきて連れ去られたとしても、その事実さえあれば恋仲だと主張し、会う機会を取り付けられるからな」


 すごい策士だ。

 国を動かす人って考えることが違う。


 感心するのと同時に、どこかむなしさがこみ上げてきた。


 優しさとか。

 感謝とか。


 リヒャルトはそういうのも全て、国のために使うんだなと思った。

 そういう世界に生きてるんだなと思った。


 見ているものが違う。

 世界が違う。

 そう思い知らされた。


 心を通じ合わせることなんて、きっとできない。

 私はお飾りのお妃さまになるのだ。

 リヒャルトとは何もかもが違うのだから。


 城下街に入ったらしく、辺りは喧騒に満ちている。馬車の窓もカーテンが閉められ、車内は薄暗い。

 私の気持ちまで薄暗くなってしまった。


 リヒャルトはそんな私を見ていたのかもしれない。

 小さくため息を吐いて、口を開いた。


「そう絶望したような顔を見せるな。おまえは思っていることが顔に出すぎる。それではこの先、苦労するぞ」


 誰がそうさせたのかと言いたくなる。


「リヒャルトだってすんごい顔に出るし、すんごい正直に言うじゃない」


 思えば権謀術数の中に生きる王族らしくないな、と思う。

 だが答えは簡単だった。


「ああ。権力など関係のないおまえにつくろう必要もなかろう。それに、試したかったしな。おまえを」


「――は?」


「本性を見たかったのだ」


 もしかして。

 私がリヒャルトを拾った日。わざと私を怒らせるようなことを言って、反応を見ていたのか。


 そう言えば昨日畑で別れを告げるとき話した印象と、最初に話したときの印象はまるで違っていた。

 ボロ家に上がるのも、ボロ服を着るのも嫌がっていた人とは同一人物とは思えないくらいに。

 昨日は貧しい村の暮らしを見下すようなところはなかった。それどころか、一人一人を尊んでくれた。それを国王みたいだと思ったことを思い出す。


「なによそれ……、なんでそんなこと」


「風邪で寝込んでいる間は無防備にならざるをえんのだから、相手をはかるくらいのことはする。それに私の妃となるのだ。相手のことはよく知っておきたい」


 私はもうなんだか、疲れ切ってしまった。

 騙され試され、もう何がなんだか……。

 腹の底からため息を吐き出して、投げやりに返した。


「アア、ソウデスカ――。それでも私をお妃さまにしなきゃいけなくてご愁傷様です」


 王子というのも大変だ。

 気に入らない相手でも、国のために利のある相手と結婚しなければならないのだから。


「いや? 私はおまえでよかったと思っているぞ」


 見上げれば、リヒャルトは口の端を上げて笑っていた。

 それは楽しそうに。


「おまえは言葉は素直ではないが、殊の外その真意はわかりやすい。何より裏がない」


「……なんでそんなこと、少ししか話したこともないのにわかるのよ」


「わかる。おまえは王子だと名乗った私に、嫌そうな顔をした」


 思わず、ぶっ、と吹き出した。


「うそ、ごめん!」


 無意識だった。

 正直が過ぎた。私の顔が。

 聖女じゃなかったら不敬罪とかでしょっぴかれてたかな。危ない、危ない。


「いや。こんな反応は初めてだったからな。面白かった」


 面白いで済ませてくれるんだ。


「おまえの双子の姉、アレクシアの方が一般的な態度だろう。顔だとか位だとかで態度をコロリと変える。双子でも中身は全く違うのだな。それも面白かった」


 最大限のいい顔をしていたアレクシアと、うんざりした顔を隠せていなかった私。

 そっくりなのに正反対な顔が二つ並んでいたらさぞ面白いだろう。


 うわあ、とまだ衝撃さめやらぬまま頬をぐにぐにしている私に、リヒャルトはぽつりと言った。


「おまえが王位なんてものには興味がなさそうだというのはわかっていた。だから大丈夫だ、いずれは解放してやる。好きな奴がいるのだろう?」


「え? 解放って、どういうこと」


 車内が暗いせいだろうか。リヒャルトのアイスブルーの瞳は深い色に沈んでいた。


「目的を達するまでのことだと思って、気持ちを切り替えて付き合ってくれないか。私も無理矢理おまえを城につなぎとめるのは心苦しい」


 やっぱり。

 国のためならなんでもするけれど、心が痛まないわけではないんだろう。

 何も言えなくなった私に、リヒャルトは続けた。


「この国から聖女という存在をなくしたい。教会に、国に縛られる生贄のような存在を、もう生み出したくはないのだ。人々から信仰心を奪いたいわけではない。神が救いになることもあるだろう。だがそれを利用せずに国を存続できるようにしたいのだ」


 そう言ったリヒャルトの瞳には力があった。

 言葉にも、力があった。

 だから私の心は引き寄せられた。


「だから、そのために私を利用したいって、言ったの?」


 確認するように問えば、リヒャルトはこくりと頷いた。


「おまえも神の存在には懐疑的なのだろう。『クソ』だと罵るくらいだしな。それに、教会や国が誰かに恋をした娘を連れ去るようなことはもうおしまいにしなければ。人の生きる道を他人が決めるのは傲慢に過ぎる」


 確かに、望んでもいないのに聖女だとわかったとたんに教会に連れて行かれて、一生を祈りに捧げなければならないなんて、嫌だ。

 私がそうならないようにリヒャルトがかくまってくれても、また同じことが起きる。


 ここでリヒャルトを拒否して教会なんかに囲われて自由もなく暮らすくらいだったら、リヒャルトにうまく利用してもらって、自分と、その先に続く人の自由を取り戻せる方がずっといい。


 リヒャルトだって、国のために生きてきて、国のために私と結婚しなきゃいけなくて、一生を国のために過ごさなくちゃいけない。

 だからこそ自由を望む気持ちをわかってくれるのかもしれない。たとえ私が解放された後も、リヒャルトはそのまま国に縛られ続けるのだとしても。


 揺れながらも真っ直ぐに私を見る瞳には後悔も迷いもなかった。

 リヒャルトはそうすると自分で決めたのだろう。

 その目には思いの強さがあった。


「協力してくれないか」


 だから私は向かいに座るリヒャルトに手を差し伸べた。


「いいよ。私を使って」


 『聖女』を解放しよう。自由にしよう。


 心は決まった。

 私も、私がそうしたいから協力する。

 自分と、これからの『聖女』たちのために。


 リヒャルトは戸惑ったようにその手を見て。

 それから、ふっと笑って手を重ねてくれた。

 だから私はちらりとリヒャルトを窺い見て言った。


「でもやっぱり、王太子妃はちょっと――」


「往生際が悪い。諦めろ」


 目的を果たしたら婚約解消してくれるつもりなんだとしても、やはり私にはその度胸はなかった。

 けれどリヒャルトは重ねた手をぺいっと放るように離した。


 ――なんで拗ねる。


 私は放られた手のやり場がないまま、むっつりとした顔を窓の外に向けてしまったリヒャルトを呆然と眺めるしかなかった。

 やっぱりリヒャルトは正直だ。

 ただ、何を考えているかはよくわからないのが難点だった。

 私の対人スキルが低いせいなのだろう。


 こんなんで、陰謀渦巻くお城でやっていけるのだろうか。

 一抹の不安が私を襲った。



 かくして、分かり合えない腹の内を抱えながらも私達は、同じ目的を見据え共に歩き出すことになった。

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