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1.今日からあなたが聖女です

 数日後、再び神殿に呼び出されて向かうと、聖女検証の時と同じメンバーが揃っていた。

 ただ神官側に一人、その時にはいなかった人がいた。

 着ているものは他の神官たちと似たような筒状の白い服と刺繍のほどこされた貫頭衣だったけれど、長い黒髪を背に垂らし、額に輪のようなものを嵌めた女性だった。

 現聖女だ、とすぐにわかった。

 彼女は神官たちに両脇を守られるようにして同じように壁際に並んでいたけれど、その目は静かに伏せられていた。


「結果を申し上げます。様々な意見がありましたが、確かに神に祈りを届ける力をお持ちであるということは認められるかと思います。今後、祈りの作法や心得をきちんと学んでいただく必要はありますが、ゼレニウス教会はユリシア殿を聖女であると認めます」


 王室側の何人かが、「おお……!」と声を上げ、国王とリヒャルトはパチパチと拍手をした。

 私はほっとしたことを気付かれぬよう、そっと肩を下ろした。

 これで一つ、仕事はやり遂げた。

 本番はこれからだけど。


 国王は拍手をしながら鷹揚に何度か頷くと、「大司教」と朗々とした声を上げた。


「検証ご苦労であった。それでは本日より、国もユリシア殿を聖女として扱うこととしよう」


 その場が拍手で満たされ、私はいたたまれなさに深く頭を下げた。

 偽物ですみませんという後ろ暗さを今悟らせてしまうわけにはいかない。

 拍手がやや収まり声が通るようになると、国王は再び口を開いた。


「聖女の願いは極力聞き届けなければならない。よって、リヒャルトとの婚姻を結ばせたいと思うが、大司教よ、了承いただけるかな?」


「婚姻……? 聖女様が王太子妃になられると、そういうことですか?」


 大司教を始め、教会の面々に驚きが走った。


「その通りだ」


「仲睦まじいご様子は聞き及んでおりましたが、まさかそこまでとは。婚約者であるリイナ様はいかがなさるのです」


「近頃気鬱で臥せっていてな。とても王太子妃など務まらないと辞退の申し出があった」


 神官たちのざわつきは大きくなった。

 リイナとの婚約があったから、恋仲と言えど私が王太子妃になるなど考えなかったのだろう。

 大司教は苛立ちを隠しきれず、白い髭が片方だけ吊り上がっていた。


「しかし、聖女様が婚姻された例など過去にありません。それも王太子様などと」


 それは恋をした瞬間に教会に連れて来られ、神殿に閉じ込められたからだろう。

 貴族か庶民かに関わらず、相手の男は家や職を持っているだろうし、それを捨てて教会に入るのは難しい場合が多いだろう。

 相手が教会内にいなければ会うことはできない。その上、聖女の声など外部に聞こえないうちに潰してもみ消してしまえば、そんなものはなかったことになる。

 周囲が神殿関係者しかいなければ、聖女が何を言っても聞き届けてはもらえないだろう。

 だから私がこうして国側に保護されたことは本当に幸運だったのだと思う。

 あの時アレクシアを見つけたのがリヒャルトでよかった。

 まあ、王太子妃にさせられようとしてることに関しては嵌められたと思うけど。それもいつかは解放してくれると言っているのだから、成し遂げるまでの我慢だ。


「過去に例がないからと言って聖女の意思をないがしろにしていいわけではなかろう。神の怒りに触れては問題だ。前向きな検討をよろしく頼む」


「はい、勿論でございます」


 大司教はそう言ったが、雄弁な白いふさふさ眉が物語っていた。

 クソやかましい狸国王め。

 と。


「ではひとまずユリシア()には神殿においでいただきましょう。祈りの作法などお教えしなければならないことがたくさんありますので」


 先を制するように大司教がにっこりと笑みを浮かべたが、鋭い目は隠せていない。

 城に取られてしまう前に神殿でしっかり囲い込み、洗脳教育をほどこしておくつもりなのだろう。

 しかしそれは大変困る。神殿に閉じ込められてはリヒャルトと密談ができなくなってしまう。

 私は慌てて声を上げた。


「あ、あの、大司教様! 我儘ばかりで申し訳ないのですが、神殿への通いというような形にしていただけないでしょうか。まだ遠く田舎からこちらへ来たばかりで、やっとお城にも慣れてきたところですので。ここでまた環境が変わることがとても不安で……」


 気弱そうに手を組み、上目遣いに祈るように大司教を見上げれば、む、と口を噤んだのが見えた。

 やがて張り付けた笑みで大司教が口を開こうとしたその時、割って入る声があった。


「新しい聖女様がそう仰るのでしたら、それでいいのではないでしょうか、大司教様。こちらでお世話をせずにすむのですから、その分の人員を奉仕活動に回すことができます」


 声を上げたのは額に輪を嵌めた聖女だった。

 ちらりと私に視線を投げかけたけれど、その目は冷ややかだった。


「しかし、ミレーナ様」


「遅かれ早かれ殿下と結婚することになれば、そうなるのでしょうから。わざわざ場所と時間を割いて新しいお部屋を用意しましても、短期間で無駄になってしまいます。新しい聖女様は随分と素晴らしい力をお持ちのようですから、通いだろうが住み込みだろうが、やるべきことをやっていただければそれでよろしいのではないでしょうか?」


 聖女らしくもなく敵意を隠そうともしないミレーナの物言いに、大司教も考えるような顔になった。

 この二人を同じ神殿の中に置いておくといらぬトラブルが起きると考えたのかもしれない。


 それでも渋面だった大司教は、ふと何かに気が付いたようにはっと顔を上げてリヒャルトをちらりと見た。

 それからにっこりと、最初に会ったときのような聖職者らしい笑みを取り戻した。白い髭がゆったりと持ち上がるその笑みは、内心の何かを押し隠すように口元が覆われている。


「まあ、そうですな。ユリシア様には朝早くからおいでいただくことになりますが、それでよろしければ許可いたしましょう。夜は慣れた場所でお休みになった方が体にもよいことでしょうし」


「はい、朝が早いのは慣れておりますので」


 長年、日の出と共に起床する農民の暮らしをしていたのだから朝飯前だ。


「では、ユリシア様は城から通っていただきましょう。聖女の仕事についてはミレーネ様にご教授いただけますかな」


「ええ、それは。力を失いつつある私の最後のお役目だと思って精一杯務めさせていただきます」


 ミレーネはわずかに目を伏せ、大司教に頭を下げた。


 私はそんなミレーネにずっと違和感を抱いていた。

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