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もう神には頼りません ~偽聖女のついでに王子の偽婚約者にされました~  作者: 佐崎咲
第一章 神様なんて信じてないのに聖女とか
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2.彼の正体を私はまだ知らない。ただのお人好しである

「わ、わー!?」


 驚きに変な声をあげて、がたがたんと尻餅をつき、口をパクパクさせる。

 何故こんなところに人が。

 慌てて立ち上がり外へと回ると、上質な衣服ながらもずぶ濡れに濡れそぼってもはや品位どころじゃなくなっている男が立ち上がるところだった。


「驚かせてすまない。連れとはぐれてな。二日前に雨脚が弱まった時、森の中を抜け出し、この村落まで移動してきたのだ」


 やはりその口調からも育ちの良さが窺える。

 いいところのお坊ちゃんか、貴族なのだろうか。

 森で狩猟でもしていたものか、革のベストが水を吸って物凄く重そうだった。

 けれどそれをおくびにも出さない男の佇まいには、気品が漂っていた。


 年の頃は十八くらいだろうか。私と同じか少し上くらいに見えた。

 金の髪からは雫がぽたぽたと垂れ、頬は青ざめるほどに白い。

 切れ長のアイスブルーの瞳は透き通っていて、形のいい唇はやや震えているようで……。


「え、まさか、それからずっとここにいたわけじゃ……」


「いたな。」


 二日も?!


「どうして?!」


「雨宿りさせてもらっていた」


 こんなボロ家の小さな軒下なんて雨避けにならないのに。それだけ濡れていれば十分身に沁みてわかったことだろうに、何故そんなところにいつまでもいたのだろう。


「いやいや、だったらどうして声をかけないの? とにかく中に入って、着替えを貸すから」


 慌てて扉を大きく開くも、男は動こうとはしなかった。

 色白で綺麗な顔に雫をしたたらせながら、まっすぐにそこに立っている。


「――どうしたの? 遠慮してるの?」


「いや」


 男は表情を動かしもせずに、答えた。


「このような粗末な家に入るのは抵抗がある」


「おい」


 思わず低い声が出てしまい、ため息を吐き気持ちを整える。


「三日も雨に濡れたままでいたんでしょ? そのままにしてたら風邪ひくどころじゃ済まないよ。うちが嫌なら村長の家に案内するし。この村で一番大きくて立派な家だから」


「ああ。それなら通りがかったが大して差はないように見えた」


「じゃあ四の五の文句言わずに中に入れ!」


 プチッと切れて、男の細い腕を掴み中へと引っ張り込んだ。


「あっ」


 『あっ』とか言われるとまるでこちらが暴漢みたいじゃないか。

 百パーセントの善意なのに、悪役にするなと言いたい。

 そもそもか弱い女の子はこっちだ。


 男はあれほど頑なな態度だったにも関わらず、されるがままに服の上から全身をタオルでごしごしと拭かれ、言われるがままに脚のがたつく椅子に座った。

 触れた男の腕は熱かった。

 たぶん、既に熱があるのだろう。だから抵抗したくともできないのだ。

 こんなところで雨宿りしたまま動けないでいたのもそのせいだったのかもしれないと思えば、冷やりとしたものが背を流れた。

 かなり悪化しているのではないだろうか。

 私は目まぐるしく頭の中で考えながら、「ここで待ってて」と大人しく座っている男に言い置いて、両親が寝る部屋へと駆け込んだ。


「お父さん、着替え貸して。っていうか起きて、働いて! 雨も上がったんだからね」


 そう声をかければ、「おはよう~、アレクシア」と父も母もむくりと体を起こした。


「ユリシアだよ! アレクシアはさっき彼氏の所に駆けて行ったの、聞こえなかった?!」


 あの大音声が聞こえないほど爆睡していたのかと呆れる。

 腐るほど寝てるのに、そこまで深く眠りこんでいられるのが不思議だ。


「あと、なんか雨に濡れそぼったちょっと気位の高い人間拾ったから。私の部屋に寝せるから、失礼なこと言われたくなかったら近寄らないようにね」


 ああ~、そう、という気の抜けた返事を聞きながら、箪笥から勝手に父の服を一式揃え、男の元へと取って返した。


「はい、これ着替え。父のだけど、その濡れた服よりマシでしょ?」


 私が手にした上等とは言えない服に目を落とし、男は子犬のように眉を下げた。


「……いやだ。他人の服なんぞ着たくない。しかもそれは捨てたものを今拾ってきたのではないのか? せめて客に出しても恥ずかしくない服を――」


「死か恥か選べ」


 冷たく見下ろせば、男はぐっと口を閉じた。

 しかしそのまま言葉を発さない。


 私だって父の一張羅を出すことも考えたけど、寝るのには向かない。それにこれから寝汗をかいて着替えもたくさん必要になるのだから、どうせそのうちボロが回ってくる。

 医者も薬もないこの村では、このまま風邪をこじらせればいくら体力のある若者と言えど、命もどうなるかわからない。


「文句あるならその服、力づくで引っぺがすわよ!!」


 その襟首に手を伸ばすと、男はさっと立ち上がり、濡れた服を脱ぎ始めた。

 まったく手がかかる。


 しかし私に着替えを手伝われるのを嫌がったということは、侍女がいる貴族とかではないんだろう。ちょっとお金持ちの坊ちゃん、というところなのかな。


 いつまでも男の均整のとれた白い胸と腹を見ているわけにもいかない。寝かせる準備をしておこうと、私とアレクシアの部屋へ向かった。

 男は私よりも背が高かったけど、なんとか私のベッドに収まるだろう。

 アレクシアの布団は両親の部屋へ運んだ。私とアレクシアは両親の部屋の床で寝るしかない。


 あーあ、と思わずため息を吐く。

 男は他人の服なんか着るのは嫌だと言ったが、よく考えてほしい。

 他人をこの家に入れるのもベッドを貸すのも嫌なのは、私の方だ。しかも文句を言いまくるだろうアレクシアを宥めて一つの布団でぎゅうぎゅうと床で寝なければならないのだから。


 私も何故、あんな態度の男をわざわざ助けてやらねばならないと思ったのだろう。

 腹立ちながらそんなことを思ったが、無表情にも見える寒さに固まった男の顔が捨てられた子犬のように、心細そうに見えたからかもしれない。

 凛と威厳を保っているように見えながら、その瞳の奥に縋るような光があったのを見た。気がした。うん、気のせいかもしれないけど。

 だから放っておけなかったのだ。たとえ本人が口では望んでなくても。


 ベッドを整え男の元に戻ると、着替えは済んでいたがその眉はへの字になっていた。

 他人の、しかもおじさんの服を着せられたことにまだ抵抗があるのだろう。


「あなた、熱があるでしょ? よくなるまで休んで行って」


 これ以上文句言ったらシメる。


 無言の圧力が通じたのか、男は「世話になる」とこくりと頷き、私の後について部屋へと入った。

 簡素なベッドを見るとなんとも悲しげな顔をしたが、ドンとその肩を押し強引にベッドに寝かせ、これでもかと丁寧に布団で覆ってやった。


「立場が逆……」


 わかってる。私だって男を押し倒す趣味なんてない。 


「具合が悪い時は意地張ってないで、とにかく体優先で休むこと。若いからって風邪をなめたらダメ」


 全てはこの男が素直に雨宿りさせてくれってドアをノックしないからこうなったのだ。


 私の心中のフツフツがわかったわけでもないだろうけど、男はしばし黙したあと、「ありがたくベッドと服を借りることにしよう」と言った。


 本当に調子が狂う。

 ここまで接して、男は嫌な奴ではないんだろうと思えた。

 確かにわがままではあるが、感謝の気持ちを持っていないわけではない。

 ただ素直すぎるくらい素直なんだろう。


 逆の立場になってみれば、あまりに違う暮らしぶりには抵抗はあるだろう。理解はする。

 警戒するのだって、育ちの良さを見て利用されたり、悪意を向けられたりすることもあるからだろう。おいそれとは頼れなかったのもわかる。


 急いで重湯を作って戻ると男は眠っていたが、強引に起こして口に流し込んだ。

 少なくとも二日は食べていないと思われたから、何か口に入れないと回復する力もないと思ったのだ。

 無理矢理背を起こしたとき、男は「鬼畜……」と呟いたが重湯で黙らせた。むせることなく上手に飲んだ。抵抗する意思はなかったようだ。


 その後男は丸二日ぐっすりと寝込んだ。

 だから私はその男の正体を知らぬまま、せっせと世話を焼いてしまった。

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