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8.町への祈り

 聖女の力とは何なのか。

 リヒャルトに聞いたけれど、その目で見たことはないらしい。

 国王もさっきそのようなことを言っていたから、もしかしたらずっと偽の聖女が立てられているのかもしれない。

 ただ神に祈りを捧げることによって、癒しの力をもらえるとか、天候を操れるとか、そんなことは昔から言われているらしい。


 近頃ではあれもこれも聖女のおかげと言われ、何でもできるようなイメージが広がりつつあった。

 でも誰もがそれを目にしてはいないのだ。

 いつも間接的に教会から告げられるだけ。


 それでも悪いことが起きるという予言が当たれば人々の心には不安が生まれるし、聖女の祈りによってそれが解消されたと告げられれば聖女に感謝をささげる。

 教会の力をもってすれば、いいことは聖女のおかげ、悪いことは神のお告げにできてしまう。


 それは、豊穣の神へのお供えを忘れた日にたまたま雨が降って、「やっべえ、神様が怒ってるわ」と軽口のように言うのとは違う。

 農民たちは雨が恵みでもあり、奪うものでもあることを知っている。

 神に供物を捧げはするが、結果の全てを神のせいにはしない。

 同じように毎年祈りを捧げ、供物を捧げても、不作の年もあれば豊作の年もあるからだ。

 農民たちは祈ろうが捧げようが神も天気も操れるものではないと知っているのだ。


「ユリシア殿は農村の出身とのことでしたね」


 農村、農村としつこいな、と思いながらも肯定を返す。


「では、正反対の城下町にしましょうか。最も近い場所ではありますが、確認も早い。それにユリシア殿はご存じないかもしれませんが、城下町には様々な者がおります。ユリシア殿の祈りによって、病を治していただきたい」


「治せるんですか?」


 驚いて、逆に聞いた。

 大司教が『やはり偽物だな、かかった!』というように眉を吊り上げたが、私がただただ疑問、という顔だったからか、不可解げに顰められた。


「おや、ご自分の力ですのに、ご存じないのですか。試してみたりとかは」


「そうは仰られましても。私はまだ神に祈りを捧げたことがありません。祈り方を知りませんので」


 今度は不快そうに眉が寄せられた。

 本人は些細な変化のつもりなのかもしれないが、白いふさふさの眉なので、その些細な動きがとってもわかりやすくもさもさと動くのだ。


「なるほど、そうでしたか。まだまだ私達の布教が足りていないということですな」


「私は農民ですので、豊穣の神と大地の神に祈りを捧げるだけで手一杯だったものですから」


 家で跪いて何時間も祈りを捧げる時間があるなら、その間に内職をする。

 うちの村の人たちの暮らしなんて、みんなそんなようなものだ。


「それよりも。病気が治ったかどうかは、どう判断されるのですか? 一人一人お医者様に診ていただくのですか? 本人の自己申告ですか」


 成果がわかりにくいのではないか、と言ったつもりだ。

 しかしそれを誘導と捉えたようだ。

 大司教は余裕を取り戻したのか再び慈愛の笑みを浮かべた。


「城下町には大病を患い有名な医者に診てもらう為滞在している者も多くおります。それほどの病であれば、他者の目にも明らかな違いが現れることでしょう」


 なるほど。寝込んでいた人が起き上がったりすれば明らかだ。

 しかし本当に聖女の力でそんなことができるのだったら、とても便利だ。

 神殿が重宝するのもわかる。


 かくして、話はまとまった。

 ここからは祈りが終わるまで、誰も退出は許されない。

 でも私には、アレクシアに語り掛けることができる。


『起きてるよね?』


『はっ! お、おぎでるぅ』


「では祈り方をお教えしますので、私にならってください」


『今度こそ出番よ!』


『始まるって言ってからが長いのよ。もっと直前で起こしてよね。こっちはずっと待ってるんだからさあ』


『そもそも途中で寝るなって話。エンリケと(略)』


『すいませんでした』


「大司教ザターク様、よろしくお願いいたします」

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