7.聖女検証
「それでは王室の方々にもおいでいただいていることですし、早速まいりましょうか。ユリシア殿には、神に祈りを捧げ、私に神の祝福を授けて見せていただきたい」
その言葉に、私は素直に首を傾げた。
「大司教様に、ですか? 大司教様は普段から祝福をいただいているのではないのですか?」
暗に飢えているんですか? と聞いたつもりだ。
大司教は慈愛の笑みを苦笑に変えた。
「私も日々神に祈りを捧げる身ですから私利私欲のために申しているわけではありませんぞ。その力をお示しいただくには、そうしなければ確かめようがありませんからな」
「でもそれでは大司教様にしかわかりませんし、足りてる人に神様の手を煩わせるのは勿体ないですよね。せっかくならば町の方々に祝福を授けたいと思うのですが、いかがでしょうか」
一瞬、大司教の眉がピクリと跳ね上がったのを見逃さなかった。
意見をするなど身の程知らずが、とその目が私を見下ろしている。
けれど私は間髪入れずに続けた。
「私は遠い遠いはるか先の農村から参りましたので、ここまで町の方々の暮らしを目にしてまいりました。通りで飢えに喘いでいる方や、足に怪我を抱え歩くのにも難儀している方もいました。ですから、せっかく神様のお力を借りるのならば、その方々に癒しを賜りたいのです」
「しかしそれでは実際に祈りが神に聞き届けられたか確認する術がありません。万が一、万が一ですぞ。余計な気を回した者が、その町に人を仕込んでいたらわかりますまい。怪我をしてもいないのにそれが治ったなどと吹聴されれば、ありもしない力が証明されたことになってはしまいませんかな?」
最初っからガンガンに疑ってきてるじゃん。
リヒャルトも口を出したいだろうけれど、じっと黙って成り行きを見守っている。
リヒャルトはここでは中立でなければならない。
「それでは、対象の町は大司教様にご指定いただければいいのではないでしょうか。祈りが神に届き始めるのには少々時間がかかると伺っておりますので、その間に確認のための人を差し向けていただければよいかと。遠くの町であれば、日を改めていただくことになるかもしれませんが」
神官たちがざわつき始め、大司教は笑みを消した皺まみれの顔でどこか苛立たし気に考え込んでいた。
そこに王室側から、すっと挙手をするものがあった。
「大司教。聖女検証の最中ではあるが、発言をお許しいただけるかな」
「かまいませんよ、ランベルト国王」
気安い口調ではあるものの、有無を言わせぬものがあるのは王の貫禄か。
「私もユリシア殿の提案に賛成だ。いつかその力をこの目で見てみたいと思っておったのだ。この機会に是非今一度、聖女という存在がどれだけ尊いものかを見せていただきたい。人々もその奇跡を目にし、さらなる信仰を深めることだろう」
神官たちの一部、それも入口に近いような端の方から「確かに……」という小さな声が聞こえた。
きっと、今の聖女が偽物だとは知らないのだろう。
知っているのは神殿の中でも上位の、ほんの一握りなのかもしれない。
「わかった。認めよう。それならば誰かを仕込むことができぬよう、今すぐに祈りを初めてもらうこととしよう。どの町を指定するか私が口にした後は、何人たりともこの部屋からは出ぬよう協力いただけますかな? 結果はその町の者たちに聞けばよい。この後用事のある方々は、今のうちにご退室いただこう」
「うむ。それならば不正は生じんだろう。ただ、私はそれほど時間を割くことができない。先に退出させてもらうこととするが、リヒャルトには残ってもらおう。政務は代わりにやらせておく」
「はっ。承知いたしました」
これはリヒャルトとの計画通り。
ただし、教会側とは違う。
種も仕掛けもない、真っ向勝負だ。
祈るのが私じゃなくて、アレクシアなだけで。
『アレクシア、そろそろ出番だよ』
返事はない。
絶対寝てると思う。
『アレクシア!! エンリケとのイチャイチャ生活を守りたかったら、さっさと起きなさい。私が偽物だってバレたら、同時にアレクシアが聖女だってバレるんだからね!』
『はっっ。起きた。起きてる。だいぞーぶ!』
こんなに緊張感溢れる場で、こんなに心許ない姉はいない。




