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5.スパイ

 私に与えられた部屋の扉を開けると、すぐそこに人が立っていた。


「わああぁっ?!」


 思わず後退りしてしまうが、よく見れば私につけられた侍女のスイニーだった。

 薄桃色の瞳に栗色の髪を後ろでひとまとめにしている。


「おかえりなさいませ、聖女様。何をそんなに驚いておいでなんですか?」


 そこに立っていたからだ。とは心臓がバクバクしていて喋れなかった。


「お城の中はもう覚えられましたか? 案内なんていくらでも私がしてさしあげますのに。本当に殿下と聖女様は愛し合っておられるのですね」


 顔色も変えないスイニーに曖昧な笑みを返しソファに座ると、もうすぐ帰ってくることがわかっていたかのように温かいお茶を淹れてくれた。

 怖い。


 リヒャルトがスパイかもしれないというから、どんな行動も疑わしく見えるだけかもしれない。

 けれどスイニーのこのどこか食えないところがまた疑わしさを醸すのだ。


 ――まさかこのお茶に毒なんて入ってないよね?


 つい、カップの中の琥珀色の液体をじっと見てしまう。


「毒なんて入っていませんよ?」


 平然と言われ、「あ、うん」と返す。

 けれど手は付けなかった。

 信じていいかどうかもまだわからない人を無理矢理信じて命を落とすなんて嫌だから。

 別にいい人ぶりたいわけじゃない。

 どうせこのお城に来た時から女官長を始めとしていい顔をしていない人が半分はいるわけだし。

 もしスイニーが無実なら傷つけてしまうことにはなるが、命には代えられない。

 胸の中でごめんねと謝っていると、スイニーはもう一つのカップにお茶を淹れ始めた。

 そしてそれをふーふーと冷まし、ぐびっと飲んだ。


「ね?」


 そうしてにこりと口元を笑ませたので、私もにこりと笑みを返した。


「わかったわ。ありがとう」


 そう言って、私はスイニーが置いた空になったカップを手にし、自らお茶を注いだ。

 そして一口飲む。


「本当だわ。おいしい。スイニーはお茶を淹れるのがうまいのね」


 私に淹れてくれた手つかずのお茶を前ににっこりと微笑んだ私に、スイニーも再びにっこりと笑みを返した。

 用心しすぎということはない。

 先程のライゼンスト伯爵の話を聞けば、教会側がどんな手を使ってくるのかはわからないのだ。

 本当は、本物の聖女なんて必要としていないかもしれない。

 それよりも自分たちで仕立て上げたよく言うことを聞く偽聖女の方が都合がいいかもしれないのだ。

 私はリヒャルトを除く国側からも、教会側からも、狙われている可能性がある。


 リヒャルトが言っていた。

 単なる権力闘争であれば、誰が敵で誰が味方かを暴くのはやりようがある。だが信仰心ばかりは隠されればわからない。それは人の心の内のことだから、と。


 だから。

 誰にも隙を見せてはならない。

 ただの村娘の命など、軽いのだから。


 悪びれもせずにお茶を飲み干した私に、スイニーは笑みを深めて言った。


「遅効性の毒だとしたらどうします?」


 それは考えなかったわけじゃない。

 だけど。


「あなたは自分を犠牲にする人には見えない。少なくとも致死性のものは自分の口にしないと思う」


「まあ! まだ会ってそれほど経ってもおりませんのに、もう私のことを理解してくださったのですか? 嬉しいです」


 笑みを崩さないスイニーに、私も負けじと笑みを象った。


「理解なんてそう簡単にできるものではないわよね。信用も。これからじっくりと付き合わせてもらうわ」


「聖女様なのに、自分が信じるべき人間もわからないんですか? 聖女様なのに」


 きょとんとした顔を作って言われれば、苦笑するしかなかった。

 スイニーは演技に長けている。その点で私が彼女を上回ることはできないだろう。


「まだ私はどうすれば神に祈りを届けられるのかも、祈り方も聞いてないもの。ただ殿下に『聖女の可能性がある』として連れて来られただけ」


「なぁるほど」


 納得した、というようにスイニーは頷いて、それから口元に笑みを浮かべた。


「私、ユリシア様のことけっこう好きかもしれません。私、賢い人と自分で考えられる人は尊重するタイプなんです。だから教えてあげますよ。私は敵ではありません。今は」


 信じるかどうかはあなた次第ですけど、とスイニーの目が笑った。


「だからそのお茶にも何も入っていません。安心してお飲みくださいね。何も信じられなかったら、干からびちゃいますから」


 それはその通りだと思った。

 だから私は再び空いたカップにお茶を注ぎ、二杯目を飲んだ。


「ありがとう。城内を歩き回って疲れていたのよ」


 決して自らの前に置かれたカップには手を付けない私に、スイニーは三日月のように笑った。


「ふふ。やっぱり私、ユリシア様好きかも」


 なんとなく、この侍女には勝てないような、そんな気がした。

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