1.嫉妬
城はでかい。
そんな感慨に浸る間もなく、馬車を降りるなりあれよあれよと城内に連れて行かれ、そのまますぐに風呂へと連れていかれ、着ているものを全部剥がされた。
「キャー! じ、自分でやります! 自分でやりたいです!」
隠すところもないようなお粗末さだとしても、精一杯に腕を駆使して取り囲む女官たちから身を捻る。
「いいえ。私たちは聖女様を清める役割を仰せつかっております。仕事を全うしなかったとわかればどうなるかわかりません。どうか、私達のためとお思いになってその身をお任せになってください」
う。
そう言われれば嫌だとは言えない。
リヒャルトといい、この女官長という人といい、城にいる人たちは人を動かす術というのを熟知している。
同情を誘うふうでもなく、すまして言ってくるあたり、ハナから答えなど「イエス!」しかないと思っているわけで、そんな人にはとても勝てる気がしない。
大人しくされるがままになれば、全身をごしごしがしがしと磨かれ、ぱしゃりと丁寧にお湯をかけられ、最後は顎までお湯に沈められた。
なんか、清めるとか言われてこんな馬鹿丁寧に全身くまなく洗われると、菌扱いされているような気がしてくる。
いや、実際そうなのかもしれない。
貧しい村のみすぼらしい格好をした農民の娘が聖女だと言って連れて来られたら全身清めたくもなるだろう。
お湯から上がるとふっかふかのタオルで丁寧に拭かれ、白い布みたいな服を着せられた。これは造りが複雑で、自分一人で着られる気はしない。
誰かに着せてもらうことが前提の、実用性を無視した服など初めて着るから価値観の違いに早速心がすり減らされた。
今度はどこかの部屋へと連れて行かれ、うっすらと化粧を施される。
顔に何かを塗るなんて初めてだったから、ものすごい違和感。
なんかが顔に張り付いてるような気がする。
うへえ。
コンコン、と扉がノックされ、「殿下がお見えになりました。開けてもよろしいでしょうか」とお伺いの声がかかる。
「どうぞ」
と答えたのは私ではなく、すました顔の女官長。私の意思などはどうでもいいらしい。
扉を開けて入ってきたリヒャルトは、村娘ルックから聖女スタイルに変貌を遂げた私を上から下まで眺めて「ふむ」と一つ頷いた。
「女というのはみなこうして化けて私の前に出てくるわけか」
整えられても、ビフォーを知られているとなんとも気まずい。
「リヒャルト様。化粧をして変わるか否かは人それぞれでございますので十把一絡げにされるのは遺憾でございます」
確かに最初から綺麗な人は綺麗だ。
私は自然のままに生きてきたわけだし、いきなり不自然を身にまとえば違和感があるのも当然だ。
でも言外に村娘と一緒にするなと言われた気がして、おーい女官長! と言いたくなった。
伸びしろがあると言ってほしい。
「すまない」
まあここは素直に謝るに限るよね。
っていうか女官長強いな。
王太子に言い返すとか。謝らせるとか。
「これから多くの側室を束ねていかれるのですから、軽率な言動は慎まれるべきですよ。蝶よ花よと育てられてきたご令嬢方は些細なことで機嫌を損ねられるものですから」
その気づかいの中に私が入っていないのはいいとして。
側室?
リヒャルトはさっき私に、聖女として傍にいたら、お嫁に来た人にいびられるから王太子妃になった方がいい、ってことを言ったんじゃなかった?
側室なんていたら、結局いびられるじゃん!
どういうことかとリヒャルトを見れば、何度も言い飽きているというように重そうな口を開いた。
「だから。私は側室は娶らない。妃は一人だけだ」
「そうは仰いますが――」
珍しくリヒャルトは強く低い声で「聞け」と女官長にまっすぐに声を向けた。
「もしもユリシアがこの城での暮らしを苦に逃げ去るようなことがあれば――傷つけられるようなことがあれば、私は悲しみのあまり二度と誰も娶ることなどできないだろう。そのことをよく覚えておくがいい。この国のために長年仕えるそなたらなら、官僚どものどんな甘言にも乗ることはないと信じているがな」
「……心しておきます」
かっこいい。
王子の王子たるゆえんを見た気がした。
国のためならなんでも受け入れるんだろうと思ってたけど、こんな風に自分の意思をはっきり言ったりもできるんだ。
それも、私に語ってくれた目的をしっかりと見ているからだろう。
見直した。
でも女官長は諦めなかった。
伏していた顔をさっと上げたときには神妙な顔なんてもう消えていた。
「ですが殿下、リイナ様のことは――」
「そなたが気を回すことではない」
言葉を断ち切るようにすっぱりと言ったけれど、女官長はすました顔を崩さなかった。
「出過ぎたことを申しました」
これで十分用は済んだというように、女官長はその話を切り上げた。
たぶん、私を揺さぶりたかったんだろう。
リヒャルトにそういう存在がいるって、匂わせたかったんだ。
だけどそんなことでショックを受けるような私じゃないもんね。
だって恋愛結婚じゃないんだから。
でもそれがバレたらそれこそ面倒なことになる。
ここは殊勝な顔をしとこう。
私は精一杯「それ誰ですか? 気になるんですけどっ」とアピールをして女官たちとリヒャルトを見回してみた。
見よ、私だって演技できるのだ。
だけどリヒャルトは、ものすごく残念そうな顔をしていた。
「いや、うん。後で話す」
どうやら私に演技の才能はないらしい。
本当に私が相棒でよかったのか、リヒャルトも悩ましく思ったに違いない。
相変わらずリヒャルトの顔は正直で、私は演技力を磨くという目下の課題を心に掲げた。




