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もう神には頼りません ~偽聖女のついでに王子の偽婚約者にされました~  作者: 佐崎咲
第一章 神様なんて信じてないのに聖女とか
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1.神なんていないと姉は言った。後の聖女である

「なああぁぁぁんでこんなに長雨が続くのよ! 外に出られないじゃない! 神様なんてクソだわ、クソ!!」


 姉のアレクシアがダン、と小さな木のテーブルを叩くのと同時、外でバリバリバリバリ!! と雷の落ちる激しい音が聞こえ、地面が揺れた。

 地響きがすごい。近くに落ちたのかもしれない。


 アレクシアの憤りはわからないでもない。

 わからないでもないんだけど。


「せっかくエンリケと思いが通じ合ったっていうのに、この雨のせいでイチャイチャできないなんて! この国には神なんていないわ! いたらマジ怠慢、役立たずの無価値よ!!」


 これだもの。

 しかも口は悪いし、とても聞いていられない。


「アレクシア、大声でそんなこと叫んだらダメだってば。どこで誰が聞いてるかもわからないのに。ゼレニウス教会に告げ口でもされたらどうするの」


「こんなどしゃぶりの雨でどうやって聞き耳立てるっていうのよ。聞こえるのは神様くらい、いやいや神様がいちいちこんな村民の言うことなんか聞いてるわけもないって。ユリシアだって、神様なんて信じてないくせに」


「そりゃそうだけど、他人が信じるものを貶していいわけじゃないでしょ」


「なによお! こぉんな鬱陶しい雨の中でくらい、好きに叫んだっていいじゃない! まったく、お姉ちゃんは私なのに、ユリシアは説教くさいんだから」


 それはアレクシアがそんなだからでしょ、と言いたくなる。

 私達は双子の姉妹。翡翠色の瞳も、栗色の長い髪も同じで、顔も背格好も似てる。

 だけど、中身は全然違う。

 「ああはならないようにしよう」と身近に反面教師がいるようなもので。

 いつも自由気ままに振る舞うアレクシアが傍にいるから、自然と私はそれを引いて見るようになった。


 まあ、十七年も一緒に暮らしているだけに考えてることは似てるんだけど、それをどう行動に移すか、っていうのが最大の違いだと思う。

 私も神様なんて信じてはいないけど、アレクシアが私の分までギャーギャー文句を言ってるから、私は黙ってもくもくと自分ができることをする。つまり家の掃除ね。

 長雨のおかげでやれることもないもんだから、この三日で家はかなり綺麗になった。いつも忙しくて手が回らないところまで掃除ができて、かなり満足している。


 こんな風に、性格なんていうのは生まれ持ったものよりも置かれた環境の方が大きく影響するんじゃないかと私たちを見ていると思う。


「怒るしかやることないくらい暇なら、寝れば?」


 どうせ掃除なんて手伝ってくれるわけでもないんだし。

 私の投げやりな提案に、アレクシアはきっ、と睨む目を向けた。


「寝すぎて腐るわ!」


 だったら両親は既に腐乱死体だ。

 内職の材料が尽きてしまってから、他にすることもないので奥の部屋で寝ている。ひたすら惰眠を貪っている。


 我が家はこの村の村民たちのほとんどと同じく、畑で作物を育てて生活の糧としている農民だ。

 晴れていれば朝早くから畑に出て、日が暮れる頃帰ってきた後は、料理を煮込む火を灯りとして内職に励む生活をしている。

 だから、両親はこの機にと惰眠を貪ることに決めたし、私も普段できない掃除をして過ごしている。

 アレクシアも最初のうちは腐るほど寝たりごろごろしたり起きたり寝たりしてたけど、それに飽きるとこうして鬱屈を叫びにして発散し始めたのだ。

 でもいい加減うるさいのでなんとかしてほしい。


「ゼレニウス教徒の人たちは家で毎日祈りを捧げてるらしいけど、そんなんで雨が止んだら洪水なんて言葉は世界から消えるわ。世界中毎年豊作よ、とっくに世界平和よ」


 アレクシアの憤りは止まらない。


「大体ね、ゼレニウス教会が言うような、祈るだけでお願いを聞いてくれる神様がいるんだったら、私は今頃こんな(ひな)びた村なんかで暮らしてないで、城で贅沢三昧して暮らしてるわ」


 理屈が全くわからないけど、気持ちはわからないでもない。


 私だって心の内で「明日晴れますように」とか「お父さんが禿げるのがもう少しゆっくりになりますように」とか祈ったりすることはあるから、神の存在を全否定してるわけじゃない。

 農民だから、豊穣の神とか大地の神へのお供えは生活の一部としてしているし、お祭りも全力で楽しんで参加している。


 だけど、ゼレニウス教会が信仰するような、聖女様がお祈りしたら言うことを聞いてくれるような都合のいい神様なんているとは思えない。しかも聖女様の言うことだけ聞くなんて、エコひいきじゃん。ズルくない? と思ってしまう。

 ただし聖女様というのは教会にこもりきりで、ひたすら祈らされるのだという。

 人生をすべて犠牲にしてまで、全国民のためにお祈りして助けなければならないとか。

 重くない?

 一人にかける負荷じゃない。

 もし天災が起きたら祈りが足りないとかって責められるのかなと思えば、聖女様なんて神々しいものというよりも、犠牲者のようにしか見えない。

 教会が聖女という存在に寄りかかりすぎなのではと思ってしまう。


 私は豊穣の神や大地の神にお供えはしても、絶対に豊作になると思ってるわけじゃない。

 初物をお供えしたところでそれほどの不利益があるわけでもないし、苗を植えるのと同じように、農作業の一環として自然とやっているだけのことだ。

 だからこそ不作なときがあっても、別に神を恨んだりはしないし、お供えしなければよかったとは思わない。

 要は、教会は聖女と神に対する期待値を上げすぎなんだと思う。


「まあ神様なんてものがいるにしてもいないにしても、期待しすぎず、できる限り頼らず自分たちの力で生きてく方が心身とも健康よね」


 その方が建設的だ。

 まあ長雨に対抗するにも、私には人を動かす力も護岸工事する財力もないけれど。


 アレクシアの愚痴を聞いているうち、気づけば窓からは明るい光が差していた。


「あ。晴れた。アレクシア、雨あがってるよ」


 窓を指させば、アレクシアの愚痴はぴたりと止まり、そのまま外へと駆け出して行った。


「エンリケ、今行くからねー! イチャイチャしよー!」


 奥で親が寝ている家に叫びを残していくとは堂々たるものである。

 私はため息を吐き、建付けの悪い窓の取っ手を掴み、ぐぐっと押し上げた。

 開けるにはコツがいる。ガタガタと揺らすようにしながら開けると、大粒の雫が桟にぽたぽたと垂れた。


「はあ、すっかり晴れたわね。本当に人も、神も、自然には勝てないわ」

 

 天気は神の恵みだとか、神の怒りだとか、そんなことを言う人もいる。

 だけど私は旅の学者に聞いたことがある。

 地表の水が太陽に熱されて空へと昇り、雲となって集まったものがやがて雨としてまた地表へと還ってくる。

 それらは巡り巡っているのであり、気温や、風の流れ、川の水の量、自然にある様々なものが互いに影響しあい、その日の天気となるのだと言っていた。


『神が怒ったから大雨だなんて、いい人も悪い人もいるのに理不尽だろ?』


 だから神がしていることではない。自然の中にそうなる要因が何かあるのだと、学者は言った。

 その考えはいいな、と私は思った。

 誰かの意思でそうされているのだと思うと耐えがたいから。

 私にとっては心に神を持つよりも、自然と知恵比べしながら生きる方が、生きやすい。


 ついでに窓掃除でもしておこうかなと、ひょいっと窓の外に顔を出せば、眼下に何か塊が見えた。

 ん、と視線を下ろしてそれがしゃがみこんでいる人だと気づくと、驚きに息が「ひゅっ」となった。


 それは金髪の、上質な衣服を身にまとった――ただとんでもなく濡れそぼった男だった。

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