勘違い宿泊客は食を堪能する
「これであなたは冒険者です。セイン様」
セインは冒険者になった。
これから魔獣と戦い、強くなり、いろんな場所を旅して、新しい思い出を作っていく。
そのセインの冒険譚の、序章が今始まったのだ。
セインは楽しみで仕方がなかった、これからの冒険が。
この世界に来たばかりの時は不安もそれなりに感じていた。
力を授かりはしたが、果たして本当に通用するのか。もし、魔獣とまともに戦えなければ、街に辿り着くことすらなく死んでいた可能性もあった。
だが、角兎との戦闘を経て、ホーンラビットという魔獣――戦闘時は気付いてすらいなかったが――も倒して自分の力が本物であると確信した。
それがセインの自信に繋がり、この世界に来たばかりの時の不安はもう無くなっていた。
「それでは、冒険者やギルドについて説明してもよろしいでしょうか?」
受付嬢の言葉でセインは我に帰る。
これからに想いを馳せ過ぎて、軽くトリップしていた。
「は、はい。よろしくお願いします」
「それではまず冒険者から。冒険者とは冒険者ギルドに所属し、ギルドに寄せられる様々な依頼を受け、それを解決するために行動し、その対価として報酬を受け取る職業です。ギルドに寄せられる依頼は土木の手伝いや荷物運びから採取や魔獣討伐まで多種多様です。その中から冒険者自身が気に入った依頼を選び解決する、というのが仕事内容となります。ザックリ言うと何でも屋ですね」
わかりやすくはあるが酷い言い方だった。
だが、冒険者そのものはセインのイメージの通りだった。
「それから、冒険者ギルドについて。冒険者ギルドとは冒険者に対する仕事斡旋所だと思ってください。他にも素材の買い取りや相談受け付け、情報提供など、冒険者が活動しやすいように援助する役目も担っています。また、未熟な冒険者が危険な依頼を受けないように管理するのも冒険者ギルドの役割です。そのため全国各地に冒険者ギルドは存在しています」
この辺りもセインが持っていたイメージと変わりはなかった。
「最後に冒険者の格付け制度について説明いたします」
「格付け?」
(冒険者ランクみたいなものかな?)
「はい。冒険者ギルドでは、実力や依頼達成率、依頼主からの評価など様々な要素を加味して分析し、冒険者の評価を決定します。その評価を基に第一級冒険者から第十級冒険者までのどれかに格付けするのです。この格付けによって、その冒険者が受けることが可能な依頼を制限しています」
「それが、さっき言ってた未熟な人が危険な依頼を受けないようにするってことですか?」
セインの言葉に受付嬢は驚いたように目を開き、そして微笑んだ。
「その通りです。セイン様。そしてこの冒険者の格を、冒険者ランクと呼びます。冒険者ランクが高ければ高いほど、危険な依頼や重要な依頼を受けることが可能になり、それに応じて報酬も高くなるのです」
「なるほど」
(やっぱり冒険者ランクだった)
「依頼を受ける際はあちらの掲示板に貼ってある依頼書を取って受付に提示するか、受付で直接依頼を聞きに来て下さい」
受付嬢が指し示した方を見ると7つの掲示板が並んでおり、そこに何枚もの羊皮紙が貼り付けられていた。
あの羊皮紙が依頼書なのだろう。
掲示板は多くの依頼書が貼られているものから、ほとんど貼っていないものもあった。
「最後に依頼について。依頼には大まかに討伐依頼、採取依頼、派遣依頼の3種類があります。文字通り、討伐依頼は動物や魔獣の討伐、採取依頼は薬草や鉱石の採取、派遣依頼は護衛や街の手伝いとなっています。
ここで注意点なのですが、依頼は受けないと報酬が入りません。つまり討伐依頼を受けずに討伐対象を狩って来ても依頼報酬は入らず、素材の買い取りのみとなります。派遣依頼に関しても同様です。依頼を受けていない場合はただのボランティア活動となります。
例外として採取依頼は素材を必要とされているので現物があれば後から受けても問題ありません。そのかわり、素材を集めている間に他の誰かが先に依頼を受けてしまった場合は報酬は渡せなくなりますのでやはり先に受けておくことをオススメします」
一気に話した為か、ふぅっと受付嬢は一息つく、そして説明漏れが無いことを確認するともう一度声を発した。
「これで説明は以上となります。何かご質問は?」
「えっと、掲示板によって貼られている依頼書の数に差があるみたいなんですが、なんの違いがあるんですか?」
「あの掲示板はそれぞれ受けられる冒険者ランクの下限を示しています。左端が第十級からでも受けられる依頼となっており、そこから順番に第九級、第八級となっています。セイン様は今第十級冒険者ですので、左端の掲示板に貼ってある依頼しか受けられないということです」
依頼書を貼る場所を分けることで分かりやすくしているのだろう。
そこでセインが気付いた。
冒険者ランクは第十級から第一級まで、10段階に分かれているはずだ。
しかし、
「掲示板の数が7つしかないようですが?」
掲示板の数が合わないのだ。
「下限ランクが第三級以上のものは緊急性や機密性の高い依頼のみのため、依頼が出された時はギルドから冒険者に直接声をかけるのです。そのため掲示板を用意しておりません」
受付嬢曰く、そういうことらしい。
「他にご質問はありますか?」
「特に思いつかないので大丈夫です」
分からないことがあればその時にまた聞けばいい。
セインはそう判断して、話を切り上げることにした。
「では、今日はもう失礼します」
「冒険者登録、ありがとうございます。セイン様。またのお越しをお待ちしております」
そういって受付嬢はニコリと笑う。
それに合わせるように深く綺麗な青い髪が揺れた。
――――――――
晴れて冒険者となったセインは駆け足で宿屋に戻った。
「ただいま戻りました!無事に冒険者になることが出来ました!」
冒険者になれたことが嬉しいのだろう。
セインは跳ねるような声で宿屋の女将に話しかける。
「おかえり。たしか、雑魚寝部屋の食事付きだったかい?」
そんなセインを優しい声で女将は迎え入れた。
先程の注文を覚えていたのだろう。女将はセインに確認を取った。
「はい。それでお願いします」
「じゃ、ギルドカードを出しな。それから一泊130ルニだよ」
セインはつい先程手に入れた冒険者ギルドカードと4枚の硬貨を取り出し、女将に渡す。
それらを受け取った女将はギルドカードを確認すると帳簿になにやら書いていく。
「よし、確認したよ。お金もちょうどだね。じゃあ奥の階段を登って行って1番手前にある大部屋に入りな、他の客もいるから騒いだり問題を起こさないようにしておくれ」
女将に言われたとおりに階段を上り、部屋に入る。
部屋は20畳ほど広さで大の字で寝転がっても十数人は入れそうだった。
この宿屋では荷物の多い冒険者の為か、8つのスペースに仕切られており、既に2人の冒険者が寛いでいた。
セインは窓際のスペースを陣取り、そこに荷物を下ろす。荷物と言っても、石棍棒と石籠くらいなのだが。
窓から外を見ると、空はもう暗くなっていた。
(今日は、大変だったなぁ)
本当に色々あった。
死んで、生き返って、戦って。
今日あったことを思い返しながら、セインはゆっくりと瞼を閉じていく。
余程疲れていたのだろう。ご飯を食べることも忘れて朝までぐっすりと眠った。
――――――――
「んんっ……いつの間にか寝ちゃってた」
セインが目を覚ましたのは完全に日が昇った後だった。
この世界の朝は早い。空が白けるころにはほとんどの人が起き出し、活動を始める。
昨晩は日が落ちてすぐに寝たセインだったが、他の人より遅い時間に目を覚ましたのだった。
「んーーっ、よく寝た」
セインはグッと伸びをして、息をつく。
「とりあえず、ご飯だな」
(昨日は夕ご飯食べるの忘れちゃったし、めちゃくちゃお腹空いた)
荷物をまとめて階段を降りる。
食堂に入ると大きなテーブルか2つとその周りにそれぞれ5つの椅子が置いてあり、部屋の奥には厨房が見えた。
「おはようお客さん。よく寝たね」
厨房には女将が立っており、セインは遠回しに遅いと言われていた。
「おはようございます、女将さん。遅くなりましたが朝食をいただいても良いですか?」
「はいよ」
セインが注文してから、ほとんど待たずに料理が出てきた。
トレイの上に乗せられているのは2つのパンとスープ。そして大ぶりな肉が1枚だった。
「いただきます」
ひとまずパンを口にしたセインはその固さに目を見開く。
(全然噛み切れない……)
とにかく固かった。フランスパンの数倍は固かった。
しかも、
(味しないなぁ)
無味だった。
だが、それも仕方ないだろう。そもそもこの世界でのパンはスープに浸けて食べるものとして作られている。
セインも常識として知っている筈なのだが、完全に忘れていた。
ひとまずパンを置いたセインは次にスープに手をつけた。
スープには具材はほとんど入っておらず、皿の底に小さな肉のカケラが漂っているだけだった。
(結構味が濃いなぁ。パンを食べた後だと美味しく感じる)
パンと共に食べるためのものだから当然なのだが、やはりセインは気付かない。
皿の半分ほど、スープを飲んだセインは続いて肉を食べる。
(おお!肉汁がめっちゃ出てくる!でもなんか塩と肉の味だけしかしないなぁ。美味しいんだけど、ちょっと物足りないかも)
調味料がそれほど充実していないこの世界では、これが普通なのだ。
セインもそれが分かっているからか、これ以上何か思うこともなく食べ進めていった。
最後までパンはパンのまま食べていた。
「ごちそうさま。あぁ、顎が痛い」
(これからずっとあのパンを食べることになるのかな。死ぬ前に顎が壊れる気がする……)
彼が自分の勘違いに気付くのはそう遠いことではなかった。
食事を終えたセインはこれからの行動を考える。
冒険者として活動するにしても足りないものが多過ぎる。
道具を揃えたいところだが、今の所持金は220ルニしかない。日本円で言えば2200円だ。これでは買えるものもたかが知れている。
(それでも何かあるかもしれない。ひとまず道具屋を見に行こう)
「女将さん、冒険者のための雑貨屋みたいな場所ってどこかにありますか?」
「それなら道具屋さね。冒険者ギルドの向かいに品揃えが良いのがあるから行ってみな。この時間ならもう開いてると思うよ」
なんと、ギルドの正面にあったらしい。昨日は急いでいたのと道が暗かったのもあり、セインは気付いていなかった。
セインは女将に礼を言い道具屋に向かう。
―――――
到着した道具屋には雑貨から何かの薬品など様々なものが溢れていた。
中には用途の判らないものも多いためセインは途方に暮れてしまっていた。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
店内で呆然としていたセインを見兼ねてか、店のカウンターにいた若い男性店員が声を掛ける。
助かったとばかりにセインはそれに応えた。
「は、はい!その、冒険者になったばかりで何が必要なのかも分からなくて……」
セインがそう言うと店員はセインの方をジッと見つめると何かを思い出したかのように口を開いた。
「見た限りですと、冒険用の道具は何一つ持ち合わせていないようですね。それなら当店で販売している冒険者初心者セットというものがありまして、素材収集用の革袋と布袋といったものからキャンプセットや剥ぎ取りナイフなど冒険に必要な道具が一通り揃っております。いかがでしょう?」
「……お値段は?」
「まとめ買いということで大幅に値引きをしまして2000ルニとなっております!」
セインも薄々気付いていたが、到底手の届く範囲から逸脱していた。
店員も言っていた様にセインは冒険に必要なものを何一つ持っていないのだが、当然無い袖は触れない、ここは買える範囲で揃えるしかないだろう。
「すみません。今手持ちが少なくて……200ルニまでで揃えられるものはありますか?」
「200ルニ、ですか。それですと、剥ぎ取りナイフ一本か、革袋と布袋と水袋を一つずつなら揃えられますね。いかがいたしますか?」
セインの提示した金額が余りにも少なかったためか、店員は驚いた様に目を開いたが、それ以上の反応は見せずすぐに提案を出した。プロであった。
「なら袋類の方をお願いします」
「かしこまりました。では一つ60ルニで合わせて180ルニです」
「ではこれで」
「200ルニお預かり致します。20ルニのお返しです。それから注意点ですが、革袋は血や体液の付いた素材を入れるときに、布袋はそれ以外の薬草や角などを入れるときに使用してください。布袋に血が付くと取れなくなるのでお気をつけて」
「分かりました。気をつけます」
「では、こちらが商品です。それにしても、袋を3つも手に持つのは大変でしょう。腰に下げられる様にベルトをサービスさせていただきます」
「えぇ!?良いんですか……?」
まさかのベルトのサービスにセインは驚いた。この店員さんは人が良すぎるのではないかと。
「えぇ、大丈夫ですよ。その代わり今後ともご贔屓にお願いしますね」
ゆっくりと頷いた店員はそう言いながらセインに微笑んだ。
「勿論です!これからも利用させていただきます!」
「ふふ、では、またのご来店をお待ちしております」
「はい!ありがとうございました!」
ホクホク顔で道具屋を出たセインは気付いていなかった。
これが店員の策略ということに。こうして、冒険者ギルド前の道具屋は新たなを顧客を手に入れたのだった。
商売人ってすごいですよね
※2020年6月13日19:58
依頼に関する説明が抜けていたので修正しました。