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勘違い転生者の無自覚冒険譚  作者: ルーニャ
第1章 異世界からの来訪者
6/18

勘違い宿無人は冒険者になる

前回のあらすじ。

吐く、笑われる、街に入る。以上!

 


 セインが門をくぐった先。そこは異世界だった。

 文字通り、世界が違ったのだ。



「すっげぇ……」



 日が沈んでいき、空が紅くなる頃。そこには多くの店が並んでいた。見たこともない食材や道具が並んでおり、それを見るだけでも一日を潰せそうなほど色々な商品がそこにはあった。


 だがセインが目を奪われたのはそこではなかった。


 その商店街を歩く人々。その中には普通の人間もいたが、それだけではなかった。猫耳や犬耳、数多の種類の動物の特徴を持った人々が闊歩していた。


 遠くに見えるのは冒険者パーティだろうか。

 身体の大きながっしりとした人、耳が長くスラッとした人、狼のような耳の生えた人、顔が完全に鳥の人。

 4人の様々な特徴を持った人々が並んで楽しそうに話しているのが見える。



(翼が生えている人までいる……あ、鳥の顔の人と同じ人だ)



 セインはようやく実感した。

 ここは異世界なのだと。

 今まではなんとなくゲームをするような、どこか他人の事のような、そんな感覚でここまで来ていた。


 だが違う。ここは異世界なのだ。

 自分はこれから、ここで生きていくのだと。


 大通りには少し獣臭いにおいが漂っている。だがそれも異世界にいる実感を加速させていた。



(俺……異世界に、来たんだな!!)



 奇しくも、セインが思った言葉はこの世界に降り立って初めて考えたことと一字一句違わぬ言葉だった。

 だが、その言葉に込められた想いは全く違う。


 初めての戦闘。初めての会話。初めての街。


 決して、日本にいた時は得られなかったであろう特別な経験。


 それらが、セインの想いを変えていた。


 これからはこの街で生きていく。

 この世界を歩いていく。

 立ち止まってなんかいられない。

 歩き続けよう。

 大切な人と笑うために。




 セインが決心を新たにしていた時、横から声をかけるものがいた。



「兄ちゃん、な〜にそんなとこで立ち止まってんだ。大丈夫か?」


「へ?あぁ、すみません。ちょっと考え事をしていまして」



 声のした方に振り向くとそこには何かを焼きながらこっちを見ている屋台の店主がいた。



「見た感じ、あんた他所(よそ)もんだろ?街入ってすぐキョロキョロ見渡してんだ、1発で分かったよ」


「えぇ、今日初めてここに来ました」


「やっぱそうか。なら立ち止まってないで早く行ったほうが良いんじゃねえか?その様子じゃ宿も取ってないんだろう?」



 そう言われてハッとする。初めて見た人種に気を取られて完全に忘れていた。

 宿が取れなければ今夜は野宿だ。



「忘れてました!何処かオススメの宿屋はありますか?」


「ならあそこだな。『穴熊の住処』って宿屋がオススメだ。値段も安いし飯もうまい!ちょっとわかりにくい場所にあるから、大通りをまっすぐ行って3本目の横道を左に曲がったらそこで近くの人に聞いてみな」


「ありがとうございます!早速行ってみます!」



 店主に礼を言いながらセインは大通りを走っていく。

 屋台の店主に教えられた通り進んだのち、何度か聞き込みを繰り返して『穴熊の住処』に辿り着いた。


 そこは、大通りからそれなりに離れた暗い路地にあった。外観は周りの建物と比べるとかなり綺麗で、店主が勧めるのも頷ける印象を受けた。



「おじゃまします」



 セインが扉を開けて入るとすぐ目の前にカウンターがあった。その横から奥に向かって廊下が伸びており、突き当たりに階段があるのが分かる。

 中も外同様綺麗で隅々まで手入れがされているのが分かった。

 カウンターには40代くらいの女性が座っており、入ってきたセインに声をかけた。



「いらっしゃい。1人かい?」


「はい、一泊お願いします」


「素泊まりで個室なら300ルニ、雑魚寝部屋なら50ルニだよ。朝夕食事付きなら追加で80ルニね」



 素泊まりの雑魚寝部屋より食事の方が高い。

 だが防犯の保証も無いことを考えればこれが妥当なのだろう。



(雑魚寝か個室か。でも取られて困るものもほとんどないしなぁ)

「雑魚寝部屋の食事付きでお願いします」


「あいよ。食事は廊下を進んでって階段の手前、左手に食堂があるからそこで食いな。それから、雑魚寝部屋を選んだんで分かってるとは思うけど、自分の荷物は自分で管理しな。盗まれたってこっちは責任を負わないからね」


「分かりました」



 宿屋の女将が注意事項を述べていく。

 どれも当たり前のことで、こういうところは日本とあまり変わらないのかもしれない。基本的に自己責任。そういうことだろう。


 だが次の一言でセインに衝撃が走った。



「それじゃあ精算の前に、身分証を出しな」


「……え?」



 身分証。

 日本にいれば当たり前に全員が持っているものだ。

 だがセインは持っていない。それはそうだろう。この国どころか、この世界に来たばかりなのだ。


 そして身分証の提示を求められるのも、日本なら当たり前だろう。

 だがセインは異世界なら必要ないと思い込んでしまっていた。


 それはなぜか。


 大概の異世界モノの作品で身分証の提示を求められていないのも理由の一つだろう。

 だがそれ以前に、フェインラミナスから受け取った一般常識の中にその情報が入っていなかったのが大きい。


 身分証が必要、という情報がないのであれば身分証を急いで手に入れる必要もないだろう。


 セインは無意識のうちにそう考えてしまっていたのだ。


 だが考えてみてほしい。一般常識というのは一般市民の常識だ。

 そして宿屋というのは旅行客や旅人が利用するものだ。


 この魔獣が闊歩する世界で戦闘能力のない一般市民が旅行をするには、些か危ないとは思わないだろうか。

 命とお金をかけてわざわざ旅行をするような酔狂なものはほとんどいないのだ。


 宿屋に関する詳しい情報が一般常識に含まれていないのも、当然のことだと言えるのだった。



「身分証は、持ってないです……」


「えぇ!?あんた冒険者じゃないのかい?そんなナリしてるからてっきり冒険者だと思ってたよ」



 セインの言葉に女将は驚いたように声を上げる。

 だがセインは、女将の言葉に希望を見つけた。



「冒険者になれば泊まれるんですか!?」



 食い気味にセインが質問したところ、女将が呆れたよう答える。



「そりゃあそうさ、宿なんて冒険者しか使わないからね。それで、冒険者になればギルドカードってもんが貰えるんだが、それが身分証の代わりになってんのさ」


「冒険者になってきます!冒険者ギルドはどこですか!?」



 冒険者になれば泊まれるらしい。セインの思考にはそれしか残って無かった。

 元々冒険者になる予定ではあったので問題は無いのだが、このままだといつか騙されそうなセインである。



「ここから大通りに出たところを左に曲がってずーっと行くと広場があるんさね。そこから左手に伸びてる道の手前の方にでっかい建物があるから、そこまで行きゃ分かると思うよ。早く行ってきな!」



 女将が威勢よく教えてくれる。



「ありがとうございます!行ってきます!!」



 女将の説明を聞いたセインは宿から飛び出し、大通りに向かって走っていった。


 暗い路地を抜け、先程より人通りが少なくなった大通りに出る。


 大通りをまっすぐ走り広場に着くと、なるほど行けば分かると言われたのも納得だ。



 セインの視界の先、そこにはそこには他の建物とは一線を画す三階建ての建物があった。

 日常的に喧嘩でもあるのだろうか、建物の壁はボロボロになっており、何度も修繕した跡が見て取れた。

 大きな扉の上には冒険者ギルドのシンボルだろうか、

 盾と剣が交差し、それらを跨ぐように弓が描かれた看板が付いていた。



「ここが、冒険者ギルド」



 物々しい雰囲気の建物に少し足がすくむセイン。


 だが、立ち止まっていても仕方がない。

 意を決してその大きな観音開きの扉を開く。


 中は外観よりは汚れておらず、外から受ける印象とは全く違った。

 均一な間隔で並べられたテーブルでは、何組かの冒険者パーティが楽しそうに話し合っている。

 険しい顔をしたパーティもいるが、基本的は明るい雰囲気だ。

 見た限り酒を飲んでる人はいない。どうやら冒険者ギルドでは酒は提供していないようだ。



 怯えるように入ってきたセインに何人かの冒険者か視線を向ける。すぐに興味を無くしたように視線を一瞬外す。

 その直後驚いたように二度見した。



 ――なんだあいつ、クソ重そうな棍棒持ち歩いてやがる。

 ――動きは素人なのに、なんて馬鹿力だよ。

 ――右手に持ってる石籠はなんだ?そもそも石籠ってなんだ……

 ――頭がおかしいのか、力がおかしいのか。

 ――両方だろどう考えても。



 ヒソヒソと話しながら、奇妙なものを見るような目でセインを見つめる冒険者たち。

 だが考えれば分かることだ。わざわざ脆くて重いだけの石の棍棒を武器にする者などいない。

 それに荷物を持つためだけにより重そうな石で出来た籠を持つ奴もいない。


 セインの今の格好は非効率を極めていた。

 かなり奇妙な姿に見えるだろう。



「いらっしゃいませ、冒険者ギルドにようこそ。本日は何のご用件でしょうか?」



 そんなセインに恐れを持たず笑顔で話しかける深い青髪の若い受付嬢。

 今彼女は、ここにいるどの冒険者よりも勇敢で偉大だった。



「あ、はい。冒険者登録をしたいんですけど」



 この時、この場の全員の心が一致した。



 ――――お前冒険者じゃねえのかよ!――――



 まさか、石の棍棒を持った一般市民がいるなどと誰も思わない。

 全員が「変な格好をした旅の冒険者」だと思ってセインを見ていたのである。


 流石の受付嬢も頬を引きつらせてしまっていた。



「は、はい。冒険者登録、ですね。字は書けますか?」


「あ、はい。大丈夫です」



 セインの言語理解の中には文字も含まれていた。つまりセインはこの世界の全ての言語を喋ることも書くことも出来るのだ。


 やろうと思えば通訳の仕事も出来るだろう。

 それだけでセインが生きていくことも、可能だろう。



「ではこちらの紙にお名前と年齢、得技、それからあるのであれば得意武器種をご記入ください」



 そう言って受付嬢はセインに羊皮紙とペンを渡してくる。


 セインは特技の欄に魔法、得意武器種の欄には検討中、と記入して提出した。



「ありがとうございます。セイン様、魔法使い、ですか。それから武器は検討中。……セイン様、魔法使いの資格はお持ちでしょうか?」


「いえ、持っていません」


「つまり使えるのは第八級指定魔法のみということですか」


「だいはちきゅう……?」



 魔法とは、魔法使いが保持している資格によって使うことが許可されている魔法が制限される。

 資格に応じた魔法しか、魔法使いは使ってはいけないのだ。

 もし資格外の魔法を使ったことが発覚した場合、世界中から指名手配を受ける。


 魔法とは、それほど危険な力なのだ。だが同時にとても使い勝手の良い力でもある。だからこそ細かく条件を設定し、適切な人間が適切に魔法を使えるように資格を用意しているのだ。


 魔法使いの資格は1番下から第七種魔法師、第六種魔法師と上がっていき、最後は第一種魔法師まで存在する。

 第一種魔法師はありとあらゆる魔法の使用が許可される。そのため、冒険者を生業とする魔法使いは第一種魔法師の資格を取得することを目標にしている者も多い。



「まさか、魔法の指定区分を知らないのですか?」


「えーっと、攻撃性が皆無な魔法は資格が無くても使えるとだけ聞いています。なのでそれは使えるようになりました」



 魔法の指定区分。それは魔法師が持つ資格に対応したを示すものだ。

 魔法は全て第八級から第一級までのどれかに設定されており、第七種魔法師は第七級までの魔法を使用出来るという風に分かれている。


 これらの指定区分は魔法の危険度によって分類されており、難易度の難しい魔法であっても低級に含まれていることも多い。

 転移魔法がその際たる例で、使えるほど熟達した魔法使いがほとんど存在していないのに対し、指定区分は第六級となっている。



「攻撃性の皆無の魔法ですか。正確には攻撃性が無く、暴発や魔力切れの心配の無いものを指します。誤って資格にない魔法を使わないよう注意してください」


「分かりました。気をつけます」



 そもそもセインはフェインラミナスから第八級指定魔法以外教わっていない。それ以外は自分で開発する様に知識を与えられたのだ。

 つまり誤用の心配は皆無ということである。

 一体何に気をつけるつもりなのか。



「それでは、登録料は200ルニとなっております。お支払いをお願いします」



 200ルニ、日本円で2000円だ。セインには少し高く感じたが、職の斡旋をしてくれるのであればこのくらいが妥当なのかもしれない。



「これで、お願いします」



 そう言ってセインは小銀貨を2枚渡した。

 それと引き換えに小さな金属製のカードを渡される。



「そちらがギルドカードとなります。身分証の代わりにもなりますので無くさないようお持ち下さい。これで、登録は完了です。冒険者セイン様」



 こうしてセインは冒険者になった。



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