勘違い魔法師はセインを憐む
「うわぁ!?」
目の前に現れたソレに、セインは驚きのあまり声を上げてしまった。
「こ、これってもしかしてスラ……」
「これはジェルという魔獣です。無害です」
受付嬢がセインの言葉を遮る。
「もしかしなくてもスライムなんかじゃないですよ。あんな危険な魔獣、召喚した日には世界中から指名手配ですよ」
「スライムって危険なんですか……?」
日本で生きてきたセインには到底考えられないことだった。
スライムといえば数あるゲームや物語の中で最弱のモンスターとして有名なのだから。
追い討ちをかけるように、受付嬢の口からセインの常識を覆すような言葉が発せられる。
「ご存知ないのですか?スライムといえば特殊指定魔獣の一種ですよ。一度現れれば周囲にある何もかもを食い荒らして溶かしてしまうのです。アレはジェルみたいな可愛らしい魔獣とは全く違う生物です。……まあ雰囲気は似てるかもしれませんが」
だが、この世界の住民からすればそれが常識だった。
もし、セインがかつての常識のままスライムを雑魚として扱えば、周囲から非難されること間違いなしだろう。
あんな何が弱点かもわからない不定形の生き物を何をどう考えれば弱いと言えるのか。と叱咤されるに違いない。
「スライムって怖いんですね……」
魔獣の恐ろしさをセインが知った瞬間だった。
「それにしても、1発でこの魔法を成功させるとは思いませんでした。セイン様は凄いです」
受付嬢は目の前でウニョウニョと蠢いているジェルを見つめる。
「かなりの魔力を使ったはずなのですが、セインはピンピンしてますね」
「まあ、普段から魔法は使っていますからね」
女神からの恩恵です。なんて正直に言うほどセインはお花畑ではなかった。
実際、普段から魔法を使っているのは事実である。
森に入ったときは道標用の石杭を生成しながら森を歩いているのだ。
元々魔力消費の少ない魔法ではあるが、道標に使えるほどお手軽な魔法でもない。そのことを加味するとセインの魔力は一般的な魔法師よりは多い部類であった。
100回の転生は伊達ではないのである。
「ひとまずこのジェルは処分しましょう。無害と言っても魔獣なので放置するわけにはいかないのです」
「生まれて来たばかりなのに、すぐに殺しちゃうんですね……」
魔獣ではあるが、自分が生み出した存在だ。セインは既に愛着を持ってしまっていた。
「別に放置していても構わないですが、明日には溶けて死にますよ?ジェルは生命維持のための器官が存在しないのです。蟻より弱いのです」
「生物としての欠陥が酷過ぎません!?」
ジェルは人工の魔獣だ。
そのため、可能な限りの危険を排除された存在であった。
ジェルはどう頑張っても1日と生きられない。
身体の粘性が低いため、時間が経つにつれ身体が崩れていきやがて死ぬ。
少しつついただけでも身体が崩れて死ぬ。
風が吹いただけで身体が崩れて死ぬ。
持ち上げようとしても力を込めた瞬間身体が崩れて死ぬ。
ジェルはとにかく脆い生物なのだ。
多分マンボウより弱い。
「どうしますか?放置します?やっちゃいます?オススメは掌で押す方法です。ジェルが死ぬまでの一瞬ですが、すごくフワッフワなんですよ」
(すっごいサイコパスじみた事を言うな、この人。怖ぁ……)
せっかく生み出した魔獣を殺すことへの抵抗でセインが懊悩していると、一陣の風が吹いた。
セインの生み出したジェルは、抵抗することも出来ずに風に吹かれ、身体を散り散りにしながら吹き飛んでいく。
「あぁ!勿体ないです!」
風が止んだ後、ジェルがいた場所には何も残っていなかった。
セインは一瞬、隣から変な声が聞こえた気がしたが聞かなかった事にした。
危険思想の人物とは関わらない方が身の為なのである。
「えぇっと、次は何をすれば?」
セインは気持ちを切り替えて試験の続きを促す。
「技術試験はこれで終わりです。セイン様の魔法技術は申し分ないものでした。合格です」
「おぉ!やった!ありがとうございます!」
無事技術試験には合格したらしい。
セインとしてはあまり難しい気がしなかったが、ジェル生成の魔法陣を描けない人もいるのだろう。
合格した喜びに声を上げるセインに、受付嬢が待ったをかける。
「喜ぶのはまだ早いです。まだ学力試験の結果は分かりませんし、性格試験も残っているのです」
そういえばそうだったと気を引き締めるセイン。
学力試験はかなり当てずっぽうだった為、あまり自信はなかった。
(性格試験に関しては……俺よりこの受付嬢の方が危険そうなんだよね……多分大丈夫な気がする)
セインはそんな失礼なことを考えてるとはおくびにも出さず、澄ました顔で、次の場所へ向かう受付嬢に追従する。
受付嬢は階段を降りていき、廊下を渡り、ギルドのカウンターまで戻ってきた。
「学力試験の結果を受け取って来ますので、テーブル席にかけて少々お待ち下さい」
受付嬢は空いているテーブルを指差すと、スタスタとカウンターの奥へ歩いて行った。
セインはテーブル備えつけられた椅子に座り、ギルドを見渡す。
魔法師ギルドに入ったときは気付かなかったが、冒険者ギルドのように依頼の掲示板は無いらしい。
依頼の説明もされていないため、もしかすると依頼制度そのものが無いのかもしれない。
セインは自分の周りのテーブルに視線を移す。
2メートルほど離れたテーブルで話し合っている4人の魔法師がいた。
(確かあの人たち、ギルド入った時からいたような……)
セインが試験を受ける前に討論のようなものをしていた魔法師たちは、まだ同じ席に座っており、ずっと話し合っていたらしい。
耳を澄まして聞いてみると、どうやら新しい魔法の作り方について話し合っているようだ。
1人は魔法陣を分解して他のものと組み合わせれば組み合わせ次第では作れる筈だと言い。
1人は魔法陣一つで意味が成立しているため分解することなど不可能だと言い。
1人は魔法陣を作る以外の方法で魔法が使えれば新しい魔法を作れる筈だと言い。
1人は何も言わず傍観に徹していた。
各々が各自の意見をぶつけ合い、話し合いが纏まる様子はない。
そんな彼らの会話を聞いていたセインはあることに気が付いた。
(もしかして、魔法陣の意味を理解してる人って俺以外にいない……?)
魔法陣の各所に込められた意味が分かっていればあのような論争は起こらないはずだ。つまり、そういうことなのだろう。
セインの背筋に冷たいものが走る。
(もし、俺が新しい魔法を作れることを他の魔法師に知られたら……)
どうなることか、わかったものではない。
セインは、途端にこの場から逃げ出したくなってきた。
試験のことなど放っておいて早くここから離れた方が良いのではないか。
そう思い席を立とうとしたセインに、無慈悲にも声をかけるものがいた。
「不合格ですね」
(不合格……?まさか、もうバレていたってこと?それで俺がどう対応するかを見極めてたってこと?一体誰が……?分からないけど、俺は失敗したってことだよね。ああ……これから尋問にでもかけられて、ひたすら新しい魔法を開発させられるんだ……)
セインは絶望した。この世界に来て3日、こんなにも早く二度目の人生が終わるとは思ってもいなかった。
「残念ですが、学力試験は30点満点中9点でした。申し訳ありませんが、セイン様は不合格です」
「……へ?」
(もしかして……俺の勘違い?……うわぁぁ、恥ずかしい!穴があったら入りたいってこういうことだよぉぉ!)
唐突に百面相のように表情を変え出したセインに、若干引き気味に受付嬢が声をかける。
「あ、あの、セイン、様?いかがしました……?大丈夫ですか?そんなに、自信があったんですか?そ、それは、残念でしたね‥…色々と」
何か変な勘違いをしている挙句、思いっきり引いていた。
恥ずかしそうに顔を伏せていたセインは、ようやく気持ちの整理が付いたのか、ゆっくりと顔を上げる。
「すみません、取り乱してしまって。えっと、俺は学力試験で落ちたんですよね」
「はい。もしよろしければ魔法について色々と教えましょうか?基礎問題すら解けていないようですし」
飴を鞭で弾き飛ばして渡してくるようなセリフを言う受付嬢に、セインは若干涙目になりながら頷く。
「お願いします。魔法の分類とか、今日知ったばかりでして、詳しく教えて頂けると嬉しいです」
「分かりました。では、明日から教えていくことにします。ギルドが開いている内ならいつでも良いので来てください」
「ありがとうございます!明日からよろしくお願いします。えっと……」
(そういえばまだ名前聞いてないや)
昨日も同じ事を考えた気がする。と、セインはデジャヴに襲われた。
しかし、セインの様子から名前を知らないと言う事を察した受付嬢が助け舟を出す。
「ロンタンです。私はロンタンと言う名前なのです」
「よろしくお願いします。ロンタンさん」
こうして、セインは魔法師ギルドの受付嬢から授業を受ける事が決定した。
危険思想だから出来るだけ関わらないと考えていたことをすっかり忘れて、セインは魔法師ギルド受付嬢のロンタンと深く関わることになった。
書いてるうちに忘れそうになりますが、セインがこの世界に来てから、まだ3日と経ってないんですよね。
話の進まなさに申し訳なさしかありません。
今回も3話続けて魔法資格の試験でしたし、もう少しスピード感のある物語展開を目指します。




