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狭界の夢  作者: 千羽鶴
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7話

「ここが、中心……」


夜未の家から歩いて体感三十分ほど、道路は舗装されていない砂利からレンガのタイルへと変わりまだ表層ではあるが道が幾つにも枝分かれし隙間なく数階建てのビルが建ち並んでい。まるで迷宮のようだと思っているとおもむろにコミヤマさんが抜刀する。


「こっから先はいつ妄念が襲ってくるか分からない中で調査しなけりゃいけねぇ、ただでさえ人がいるかすらも分からないからな」


そこには先程までの優しい表情は消え失せ警戒心がありありと感じられた。機嫌を直して俺の隣に戻ってきた夜未もどんな変化も見逃さないよう辺りを常に伺っている。


「問題はここに占い師のおばあさんがいるかよね、そもそもこっちに人が住んでるなんて聞いた事ないけど……」

「そりゃほとんどの奴らはここじゃ他人に興味を無くすからな居たとしても気にするやつなんかいないだろうよ」


そうして二人とも薄暗い通りを歩いて行く、その後ろを俺はおっかなびっくり着いていく。

辺りは風一つ吹くことなく静寂が包み込み建物が自らを侵す影に安寧を求めるかのように佇んでいる。時折妄念の鳴き声が何処からともなくビルに反響して響くがその姿を捉えることはできない。


「とりあえず時計塔の方まで行ってそこから戻りながら探す感じにしましょ」


俺もコミヤマさんも頷く、ここでは極力話したり物音を立てるのは控えないといけないので会話も最小限にしなければならない、唯一の救いは常に夕方のためこの明るさが保たれ夜になりこれ以上暗くなることがないことだろう。

中心までの距離は一キロもないと見た感じ思っていたが予想以上に入り組んでおり先程まで左手にあった時計塔が今度は右手にあることもしばしばで少しずつ精神が擦り切れていく感じがする。


「隠れろっ!」


小声だが鋭い声でコミヤマさんが言うと同時に夜未に袖を引っ張られ雑居ビルの中に押し込まれる。そしてコミヤマさんも一歩遅れて俺達が隠れている薄汚れた玄関の物陰にスライディングで滑り込む。


「オオォォ!」


その瞬間さっきまで俺達がいた場所を肉塊が押し潰した。その姿は最早人間と呼べるものではなく、例えるならばたくさんの子供達が作った粘土の人間をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたようなナニカ、だろうか。

その身体は三メートルを優に超え、五十を超える目玉が脈絡もなく常にあらぬ方向をグルグルと動き四方八方から伸びる腕が道や壁を押しながらゆっくりと前進している。


「おいおい……あんなのどうやって戦えってんだよ」


そりゃ中心部じゃ人が住まない訳だ、とコミヤマさんが呟く。俺は緊張で全く体が動かせない中腕を握っている夜未の手が震えている事に気づく。


ドンッ


嫌な音が響く、全員で顔を見合わせるが誰も動いていないし音が出るようなものが近くにある訳でもない。コミヤマさんが化け物の様子をうかがう。俺も物陰から顔を覗かせる。

様子をうかがうとあらぬ方向を向いていた幾つもの眼球はとある一点をじっと見つめていた。その方向を見るとそこには顔の半分が妄念となった男性がへたりこんでいた。

肉塊から伸ばされた腕達がゆっくりと彼の体に巻き付いていく。漸く硬直していた体が動くようになったのか身をよじらせるが最早手遅れだろう。


「嫌だっ、嫌、助けて。お願いだから!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!帰る。帰るからぁ!」


彼の叫びが木霊する。


ズンッ!


更に嫌な音が響く。思わず声を上げそうになったがすんでのところで飲み込む。コミヤマさんも驚きの余り口を半開きでソレを見つめることしかできなかった。

ソレはさっきの肉塊より更に大きく、数多の腕が絡みつき一つの巨大な腕を形成しており、それと同様に数百もの足がソレの足となり地面を踏み締めている。

ソレは人型だった。目には虚ろな穴が空き口からは時折紫に染まった人が流れ出ては足元まで落ちて液体となり巨大な足に吸収されている。胴体の部分からは数えるのも億劫になるほどの人の上半身が飛び出て悲痛の叫びを上げている。

ソレはおもむろに腕を伸ばすと肉塊の腕を引きちぎりながら彼を掴みあげる。その時点で彼の体はあらぬ方向へと曲がっているがそれでも死ぬ事はなく全身から水を溢れさせながら助けを乞う。


「ギャャァァァァァォォォ!」


だが、ソレに人の言葉を聞くという概念がある訳がなく悲鳴を最後に彼は口の中へと放り込まれていった。

それだけでは飽き足らずソレは肉塊も両腕で掴み口と思われる穴を限界まで開く。目と口の穴は繋がり顔が一つの巨大な穴となりその肉塊を無理やり自らへと押し込む。ボロボロとこぼれた紫は地面に落ちると共にその姿を失い己が主へと戻っていく。

そしてその身体を更に膨れさせ、満足したのか地響きを鳴らしながらゆっくりと去っていった。

しばらくの間、誰も動けないまま動かない時間だけがゆっくりと過ぎていった。


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