6話
「「はい?」」
夜未と俺は訳が分からず硬直している。
そりゃそうだろう、なんせさっきまで妄念と戦ってた人がいきなり外に出るのを手伝うとか言ってるんだ。彼自身も妄念になるかもしれないという危険な橋を渡らなきゃならない中で手伝おうって事はもしかしたら彼も出ていこうとしている人なのだろうか?
「そんなん信じられないわよ、どうせこの家を出たら害さないのはここまでだ〜とか言ってバッサリいく気なんでしょ」
「んな屁理屈で約束を違える育てられ方はしてねぇよ、まぁ育ての親の顔は思い出せねぇがな」
どうにもきな臭さは残るがどうしたものか、夜未は警戒してるようだが彼の雰囲気から俺は信じてもいいんじゃないかとも思っている部分がある。それに中心部は危険と夜未は言っていたし彼は戦力としてはかなりのものだろうから都合がいい。
「人手は多い方が良いし彼の協力はあった方が絶対にこれから先役に立つと思うんだけど、どうかな?」
「おっ、いい事言うなあんた」
夜未は不機嫌そうというか嫌な顔をしているが俺が賛成側に回って二対一になっている上に実際に彼の存在は今後に有利に働くというのは頭では理解していたのか渋々ではあるが彼の同行を認める事となった。
「絶対、絶対に私達よりも前を歩く事。何があっても私たちを優先する事。分かった、分かったって言いなさい!」
「おうおう、分かった分かった」
夜未の剣幕をものともせずに受け流し苦笑しているとは肝の座っているのか大物なのか、だけど心強い味方ができた。これなら中心部の探索も死ぬことなくできるんじゃないかと少し心に余裕ができる。
「あぁ、俺の名前はコミヤマだ。全く名前も忘れるとは落ちぶれたもんだねぇ」
「俺の名前は2月の如月に優しいで優、如月優。よろしく」
「夜未、夜に未満の未よ」
俺の出した手をコミヤマさんは快く握ってくれた。さっきからの雰囲気からして悪い人ではなさそうだし少し影ってはいるが充分色があり更に気さくな感じがしてコミュニケーションも取りやすい、何でこんな人がこの世界に落ちてきたんだろう。もしかして俺と同じなんじゃないだろうか。
「中心部の占い師のばあさんねぇ……」
夜未が俺から聞いたおじさんの話しを説明していたらしく無精髭を撫でながらコミヤマさんは記憶を漁っている。そして少しした後残念そうに首を振る。
「悪いが知らねぇな、もしかしたらいつかに聞いたかもしれんがここじゃ自分の記憶ほど当てにならねぇもんはねぇからな、そうだったら悪いが忘れてるだけかもしれん」
「まぁ、あなたも辺境住みだから期待はしてなかったけど何でおじさんは知ってたんだか」
とりあえず行こっかと夜未がコミヤマさんを押して前に立たせ外へ出る。夜未は相変わらず不機嫌な感じをむき出しにしてムスッとしている。
「どうしてコミヤマさんは協力を、やっぱり僕らと同じなんですか?」
コミヤマさんの前に出ると夜未に怒られるので彼の一歩後ろから問いかける。ちなみに夜未は三歩後ろをずっとキープしている。余程信用ならないようだがコミヤマさんが忘れてるだけで個人的なトラブルでもあったのだろうか?
コミヤマさんはいやと首を振りこっちを振り返らずに語り出す。
「この世界は確かに余生を過ごすには良いかもしれんが帰りたい奴らもいる。俺はそんな奴らが妄念になって苦しみ続けるのは間違ってると思うんだ。俺は出ようとは思わねぇがそんな可哀想な奴らが出て自分をやり直せる世界にしてぇんだ」
立派だ。今まで自分が出るためにとしか考えてなかった自分を自責の念が襲う。でも俺にはそんな崇高な志しは持てそうにない。少ししゅんとしたのを感じたのかコミヤマさんに頭をわしゃわしゃと撫でられる。
「別に優が気にする事じゃねぇ。俺には俺の目的が、優には優の目的があるんだからよ。優は自分のために頑張ればいい。知らねぇ他人のために頑張るのは未来が無い俺みてぇなおっさんだけで十分だ」
「はい、ありがとうございます……」
ヤバい、泣きそう。自分の事をここまで肯定してくれる人に今まで出会ったことがないしこんなかっこいい人見たことない。言うなれば正しく人生の先輩なのだろうか。
「あんまり優くんを誘惑しないで」
不意に腕をギュッと引かれて夜未の方へと数歩戻される。愛されてるねぇとコミヤマさんは生暖かいものを見る目で微笑んでいる。
それを聞いた夜未は顔面を真っ赤にし知らない!と言うと俺達を追い越し歩いていってしまう。それでも見える範囲にいるのは妄念の事もあるからだろうか。
「なぁ優よ、あいつがどれくらいこっちにいるか知ってるか?」
夜未がこちらの声が聞こえない程の距離にいることを確認してコミヤマさんはそれでも小声俺に話しかける。
「いえ、かなり長いのかなとは思ってますが」
「おう、あいつは少なくともここにいる影よりは長い間いて全く姿が変わってねぇ」
コミヤマさんがどれくらいこっちにいるのかは分からないが少し影っている事もありそれなりにいるのだろうとは思う。でもそれじゃあ夜未はなんで影にならないんだ?
「でもそれじゃあ辻褄が……」
コミヤマさんはコクリと頷く。
「あいつはもう既に影に溶けててもおかしくねぇ、だが未だに影になる気配もなくかと言って妄念になる事も無い。俺はあいつには何かがあると睨んでる」
そう言うコミヤマさんに確かにと首肯する。だけど夜未を疑うことはしたくない。どうしようか……
「優は普段通り接してやれ、別にあいつが何か悪いことをした訳じゃないからな、それに面倒な役回りは年長者の責務だしよ」
そう言うコミヤマさんの顔は何故か後悔に満ちている表情をしていた。