5話
「本当に危ないんだからそんな妄念のいる所でぼんやりとしてちゃ駄目なんだよ!」
ただいま玄関前で夜未に説教されております優です。確かに危なかったけど他の影がチラチラ見てる中で大声で説教しないで欲しいなぁ、もうそろそろ正座している足も痺れてきたしキツいんだけど。
「ともかく!次は助けられるか分からないんだから絶対にすぐに逃げること。分かった?」
「はい、わかりました……」
終わったみたいだしさっきのおじさんの言葉を伝えなきゃな。そう思い腰を上げる。すると足に力が入らない、そして中途半端に勢いで立ち上がろうとしていたため途中で勢いが完全に死んで情けない声と共にそのまま前に倒れ込む。
「きゃっ!」
目を開けると目の前には若干顔の赤くなった夜未の顔。ヤバい、これは不味いぞ。よろけた時に押し倒してしもうた。なぜ関西弁になってるのか分からない、ただ分かるのは非常に不味いということだけだ。さっきから暑くもないのに背中に冷たい汗が流れて止まない。幸いな事に胸を触ることはなかったが肩を掴んでいるのでギルティだろう。
「あの……早く退いてくれると嬉しいかな」
「あっ、あぁ。本当にごめん!」
意外と反応が薄い事に少し驚きながらも慌てて起き上がる。今度は足の痺れによろける事はなかった。
「うん、大丈夫。私も長い間正座させてたからね。本当。怒ってないから気にしないで」
普段より声が固まってるがそれを指摘することは出来なかった。そして家に戻る夜未の後ろをとぼとぼと着いていく哀愁漂う俺の背中に影達の視線が突き刺さりそれなりに高いはずの目線が下がって地面と前を歩く夜未の足を見る事しか出来ないのもしょうがないだろう。
「あっ」
不意に夜未が立ち止まる。下ばかり見ていたので危うく背中にぶつかり前科二犯になりかけたがギリギリで立ち止まる。
「丁度良かった。あれを見て」
「あれは、妄念?」
夜未に言われ彼女の指さす方を見ると目の前には紫の身体にびっしりと目の着いた人型の化け物とそれを取り囲む十人程の影達が、その中の何人かはまだ表情が分かるほどに色彩が残っている。
「よし、絶対に逃がすな!」
「「「おう!」」」
その瞬間化け物は先程号令をかけたリーダーであろう人に飛びかかる。だが妄念の鋭い爪が彼を貫く前にその動きが止まる。
「絶対に離すなよ!」
なんとリーダー以外の全員が刺又を使って妄念の身体を完全に固定し動きを封じていたのだった。鬱陶しそうにさすまたを持つ影達を腕の一振りで振り払う妄念、だがその隙を見逃さずにリーダーが携帯していた刀を振るう。
「カエ、カ……オォォォ!」
凄い叫び声だな、その刀は妄念の胸に大きな傷をつけ紫の体液が吹き出す。まだ死んではいないが決着は着いたようで刺又を振り払う力もなくぐったりとしている。
「あれは?」
「ここの自警団みたいな人達。ああやって妄念が出てきた時にここの人達を守りながら戦ってるの、ほとんどが志願者らしいわ」
ここにも警察組織があるのか、食事も何もいらない人達の世界だから社会性はないものと思っていたけどそうでも無いようだ。
「それじゃ、行こっか」
夜未は最後まで結末を見ずにさっさと行ってしまう。慌てて彼女の後を追い俺達は家路に着いた。
「ん、あれは……」
「中心部の占い師の人?」
「あぁ、おじさんが最後に言ってたんだ」
夜未もどうやら知らないようで頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。それにしても夜未は何時からここにいるのだろうか、おじさんが初めて来た頃からいるみたいだし結構長いと思うんだけどそれにしては姿がはっきりしているし。
「まぁ、分からないなら行けばいいか!」
夜未が畳から立ち上がる。家に帰ってからは吹っ切れたのか先程までの固い雰囲気は止めたらしく逆にハイテンションになっていた。俺のせいだから何も声をかけられないのが辛いがせっかく気にしないようにしてくれてるのに俺が蒸し返すのも悪い。
「中心部ってどんな感じなんだ?」
窓から見える限りだとこの辺りは長屋やアパート、あっても少し大きめの一軒家が多いが中心部は数階建てのレンガのビル等ある程度の高さのある建物が多くなっている。
「私もそんなに行ったことがないんだけどちょっと危険なんだよね、ここよりも妄念が多い上に入り組んでるから逃げた先にもいて殺されたりとか行き止まりで逃げられなかったり」
そんな危険な場所なのか、俺達には妄念に対抗する手段もないし行くのは厳しいか?そう思っていると俺の懸念を感じたのか夜未に頭を軽く叩かれる。
「痛っ、何すんだよ」
「今まで誰もここから出れてないんだから多少の危険は覚悟しなきゃ、それに私がいるから大丈夫!」
そして夜未は任せてよと胸をドンと叩く。そうだな、うん、いつまでもここにいてもしょうがないしな。
「あぁ、ありがとう」
「良いってことよ」
ニヒルに笑う夜未にまた元気づけられる。よし、それじゃあ行きますかね。俺も畳を立ち上がった瞬間、ゴンゴンと玄関が乱暴に叩かれる。二人とも来客が来ると思っていなかったのでビクリと肩を震わせる。
「夜未、誰か来たけど」
「うん、普通はここに来たら周りの事とかどうでもよくなる人が大半だからわざわざ他人の家に来るなんてほぼないんだけど……」
夜未は警戒した面持ちで玄関の覗き穴からそっと外の様子を伺う。その瞬間夜未の顔がサッと青ざめる。
「優くん、逃げるよ!」
「へっ?」
気づいた時には夜未に手を引かれ窓の外に飛び出しかけていた。
「いやちょっと!」
慌てて手を引いて部屋に引き戻そうとするが夜未は止まらず窓に足をかけていた。
「待て、別にお前らを害すために来た訳じゃねぇ!」
今にも飛び降りようとしていた夜未が動きを止める。あれ?この声ってさっきの妄念と戦ってた人の声じゃ。
「なんで先回りしてるのよ……」
足を部屋に戻した夜未が悔しそうに呟く。窓の外を見るとやはりさっきの人がこちらを見上げていた。
その彼を家に上げたは良いものの警戒心マックスの夜未とそれを受け流す彼と事情が分からない俺とで奇妙な空気が部屋を包み込んでいた。
「何の用なの」
「ふむ、単刀直入に聞こうか。お前さんらここから出ようとしてるな」
これは不味いんじゃないか、害す気は無いとか言ってたけど嘘で危険分子は殺すみたいな感じなんじゃ。夜未も俺も更に警戒心を強めいつでも逃げ出せるように目配せをする。
「だから殺す気は無いって言っとるだろうが」
「それじゃあ、一体何のためにこんな所に来たんですか?」
「あぁ、てめぇらのそれ。手伝わしちゃくれねぇか」