4話
「うん……」
目が覚めると端の黒ずんだ天井が目に入る。布団を押しのけ窓の方を見ると相変わらずの景色。どうやら夢という訳では無かったらしく少し肩を落とす。
「起きたの?」
ガチャリと重みのある音を響かせ扉が開く。丁度のタイミングで夜未が帰ってきたようだ。
「あぁ、おはよう夜未」
「うん、おはよう……?優くん」
何故か夜未の返事が曖昧だったような気がする。変な事言ったかな?すると夜未は合点がいったらしく納得の表情を布巾がかかったザルを台所に置くと俺の方に向かう。
「あのね、ここでは時間が止まってるの。だから朝焼けと思ったそれは実は夕焼けなのでした!」
そう言って無邪気な子供のように笑う。もう一度窓の外を見ると確かに眠った時とほとんど、いや全く太陽の位置が動いていなかった。
「流石異界だな……」
「私も初めはびっくりしたけどそのうち慣れるよ、寝る時も余り邪魔にならない位の光だしね」
そう言い夜未はザルの布巾を取るとそこにはお世辞にもいい出来とは言えない小さ目なトマトといった野菜たちがあった。
「その野菜は?」
「優くんがお腹空いてると感じてると思って趣味で永遠に野菜を作り続けてるおじさんに貰ってきたの」
錆び付いた包丁を手馴れた手つきで操り野菜を切っていく。確かに空腹感は感じてるけど夜未の発言からはまるで他の人たちはお腹が空かないみたいな言い方だったな。
「夜未達はお腹は空かないのか?」
「私達は長い間いるから空腹感は感じないの、最初来た頃は現実との差異でお腹が空いてるように感じるけどそのうち全く感じなくなる。でもそれじゃあ人間じゃなくなった感じがして私はたまに何かは口に含むようにしてるけどね」
そして野菜を切り終え脚の欠けたちゃぶ台の上に皿を置く。ちなみに欠けた脚の部分には両腕のもげた古めかしいロボットの人形が括り付けられていた。
「さ、味はともかく食べれるからとりあえず食べよ。それで今日はどうする?」
今サラリと失礼なことを言ったな。まあ実際美味しくはないしそれはいいとしてどうしようか?ぼんやりと野菜を見ているとふとこの野菜ってどうやってできているのか気になった。
「なぁ、この野菜ってどうやって作られてるんだ?」
「あっ……雨もここ降らないし私も分からないかも、それじゃあおじさんに会ってみる?」
とりあえず何も無しに一日を終えることにはならなそうだ。野菜を食べ終え家を出る。
「おや、男を連れ込んだのかい?」
庭に身体が薄らと黒くなっているおばあさんがいて声をかけられる。
「そんなんじゃないですよおばあちゃん。ついさっきこの世界に落ちてきた優くんだよ」
俺が軽く礼するとおばあさんもどうもと礼を返す。
「若いのにこんな所にねぇ、可哀想に……」
「えぇ、だからここからでっ、頑張ろうと思って」
危ない、今出ようって言いそうになったな、隣の夜未を見ると安堵のため息をついていた。本当に心配かけてごめん。だけどおばあさんに意味が伝わったらしく
「そうかい、できるかは分からないけど頑張りな、影の中から応援してるよ」
俺たちにそう告げて自分の部屋に戻っていった。
「ちょっと素っ気ない人だけど優しい人なんだよ、でもおばあさんはもう自分の名前も思い出せないの……」
その時の夜未の顔はとても辛そうで見ていられなかった。
「それじゃあ頑張ってやっていきましょー!」
玄関を出ると先程までの雰囲気はどこへやら、周囲の目も気にせず腕を空に突き上げる。そしてチラチラと俺の方を見る。やれってことなんだろうなぁ。余り目立つのは嫌なんだけどしょうがない
「おぅ!」
俺も腕を突き上げると夜未は満足そうに腕を戻し着いてきてと言い歩き出す。
「ここがそのおじさんの家、とりあえず入ってみようか」
夜未は遠慮なくそのおじさんの敷地に入り庭のある裏手に向かう。俺も後ろをついていくと庭ではよく整備された畑で真っ黒にの影が揺らめいていた。これで白かったら妖怪のくねくねみたいだな、
「おじさんさっきは野菜ありがとう!」
「よう、今度は何の用だ」
影だから全く表情は分からないがふてぶてしそうに影が答える。
「そんで、後ろのへなっこいのは?」
「あっ、如月優です」
ここでも一礼するとおじさんはそうかと一言呟き農作業に戻る。
「このおじさんいっつもこんな感じなんだよね」
会話が続かず不自然な間が空いて居心地が悪くなっていると夜未に手招きされ近づくと耳元で囁かれる。耳に髪が触れてくすぐったい
「もうちょっと愛想よければねぇ」
「聞こえてるぞ」
「ひゃい!」
どうやらおじさんは地獄耳だったらしい、驚きから夜未がビクリと身体を震わせる。
「愛想良かったらそもそもこんな所に来ねぇんだよ、それでてめぇらさっきからなんなんだ」
「あの、どうやって野菜を作ってるのかなと思いまして……」
おじさんは鍬を置き何も言わず家を指さす。その方向を見ると家の壁面にびっしりと目玉が付いていた。
「うわぁ!」
「もっ、妄念!」
思わず後ずさるがこれが妄念なのか、思った以上に気持ちの悪い見た目をしている。
「元々この家は農家の家だったらしくてな、こいつは野菜を作りたいがその力がない、俺は野菜を作れるが適した場所がない、ただの利害の一致だ」
そう言うとまたおじさんは農作業に戻る。
「妄念の力で野菜を作ってたのね……」
「水がなくても、土に栄養がなくてもあれなら再現出来るらしい、だが俺を縛り付けたままこの庭から出れなくするのはやりすぎだと思うがな」
つまりおじさんは妄念に捕まったってのか?
夜未も気づいたのかおじさんに若干青白い顔を向けている。
「てっきり趣味で作ってるのかなと……」
そう思われても仕方が無いがなと、あるのか分からない髪を掻いておじさんは農作業を続ける。
「お前らも早くにこの家を出てった方がいい、人手は幾らあってもいいからな」
おじさんは猫を追い出すように手を払う。妄念の恐怖を知っているのか夜未は頷き一目散に家を出ていく。そして俺とおじさんだけが妄念の目が見つめる中取り残された。
「お前、あいつの連れだろ」
「はい、それが何か?」
俺もへっぴり腰ながらも少しずつ後ずさる。
「いや、あいつは俺が来た最初の頃からずっとあのままだ。影に溶けることも無くずっとだ。もしお前が出ていく気ならあいつの事、頼んだぞ」
俺達が出ていこうとしている事を分かっているのか。俺の表情を読んだのかおじさんはまた鍬を置く。
「当たり前だ。そうでもしなきゃ改まってこんな場所来るか。野菜は次から庭先に置いとくから来るなら勝手に持っていきな」
「どうも、ありがとう」
最後に礼をして俺も逃げ出す。
「あぁ、もし何か知りたいことがあるなら中心の時計塔の近くの占い師のババアを訪ねるといい」
えっ、振り返るとおじさんの姿は無く鍬が無造作に転がっていた。そして沢山の目が次はお前だと言わんばかりに俺の方を向いていた。余りの恐怖に身体が全く動かない、どうしよう。俺も、取り込まれる。
「遅い!」
動かなくなった身体がぐいっと引っ張られる。その瞬間、壁から腕が吹き出して来た。恐怖で固まった身体がようやく動き出す。夜未に手を引かれたまま何とか玄関を飛び出したら腕達は俺が玄関を出たのを見た途端スルスルと裏手の庭へと戻っていった。