2話
「ここは……」
目が覚める。どうやら気を失っていたみたいだ。
「大丈夫?」
「うわぁ!」
目の前には朱色の和服に黒髪ロングの美少女がいた。彼女はそんな反応されると悲しいなぁ小さくと呟き少し距離を取り俺に手を差し伸べてきた。その手を掴んで立ち上がらせてもらう。
……あれ、なんで今服の色が分かったんだ?確か今は日がとっくのとうに落ちたはず。小さく首を傾げる彼女を横目に近くの窓から外を見るとそこには歪な街並みが広がっていた。
昭和のトタン屋根の家の隣に明治のレンガの家が建っていると思ったらその手前には木造の一軒家が建っている計画性皆無に都市開発してもこうはならないだろうという程にめちゃくちゃな景色に目を回す。そして夜であったはずの空には太陽が輝きその街並みを赤く染め逆に全体で一つの芸術作品として成り立たせているかのような錯覚を覚える。
「あー、もしかして初めての人なのかな?」
和服の子に肩を叩かれ我に返り振り返ると純粋な心配を感じられる蒼い瞳に見詰められる。
「ここは……」
うん、やっぱり初めてかぁ。と頷き手を後ろに組みいつの間にかボロボロになっていた学校の壁に寄りかかり話し始める。
「ここは狭間の世界。忘れられたもの達が集まる終着点、君も忘れられたんだね、可哀想に……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、忘れられたってどういう事なんだよ!」
思わず彼女の肩を掴む。だってそうだろ!だって……明日は文化祭で、まだ晩御飯も食べてなくて、母さんが帰りを待ってて、後輩が俺を頼りにしてて、悪友とまた馬鹿をやって、少ししたら期末テストがあって……
「うん、最初は皆そんな感じだよね、まぁ達観してる人もいなくはないけど。取り敢えずちょっと痛いから離してくれると嬉しいな」
「あっ、ごめん……」
慌てて手を離す。いくら動揺してても女の子に乱暴すぎた。その子は一切怒った表情を見せず左手で軽く乱れた襟を正す。
「大丈夫、私もはしょりすぎた気もするし次はちゃんと話すからさ。そうだな……ちょっと着いてきて」
そう言うと俺の手を握り階段を登るその手はまるで雪のように冷たく、柔らかかった。
「さぁ、座って」
「おう、というか木造校舎なんだな……」
彼女に勧められて小学生の座る明らかにサイズの合わない椅子にすわる。初めは動揺して気づく余裕もなかったが学校も様変わりしていて古き良き学校の面影を残した木造校舎になっており廃校になったのか所々朽ちて崩れている上にガラス窓も残っているのは数少なく多くは割れて外の異様な空気が直に入ってきていた。
「私は木造以外知らないんだけどな」
「えっと、リノリウムの緑の床の学校って、知らないパターン?」
「学校が緑ね……何それ、変じゃない?」
俺はどうやらタイムスリップしたようだな……
「えっと、話を戻すね」
そう言い彼女も椅子を持ってきて俺と対面する様に座った。その時チラリと袖のから包帯に巻かれた右手が見えた。俺の視線を追って彼女も自分の右手を見てバツが悪そうにアハハと笑い火傷なんだと言い左手で袖を伸ばす。
「あぁ……悪い」
「大丈夫、そんな事で謝らないの。別に君は悪くないんだから。よいしょっと」
彼女も明らかにサイズが合わない椅子に少し座りにくそうに座る。
「それじゃあこの世界について話すね。ここはさっきも言った通り狭間の世界、忘れられた。人の記憶から完全にいなくなった物や人が迷い込むの、そしてここでゆっくりと時間を過ごす」
「いや、やっぱり分からない。それなら俺がここにいる理由がない、だって俺は皆に忘れられてるなんてことは無いに決まってる。それに明日は文化祭なんだ。どうやってここから帰れる……「駄目!」」
俺の声に重ねるように彼女は叫ぶ。嫌な沈黙が教室を支配する。彼女は焦りからかその陶器のような肌から冷や汗を流していた。
「ごめん、私が言い忘れてた。この世界では帰りたいという言葉は禁句なの。帰りたいって言うと身体が少しずつ、壊れていくの」
「壊れていく?」
「正確に言うと出ていきたいっていう意思がないなら余り問題は無いのだけどね、帰りたいって言うったり思っていたりすると妄念っていう化け物になって人を殺そうとしてくるの、別にすぐじゃなくてゆっくりと病気みたいに身体が変わっていくのだけど治す手段もないから兆候が見えたら早めに殺さなきゃって……」
なんと、そんなルールがあったのか。だとすると俺は後少しで化け物になってたのか。
「危なかったんだな、ありがとう」
「ううん、私が言い忘れてたせいだから、それでね、この世界から出る方法は、ないわ」
「ないって……」
「えぇ、だって皆出ていこうとすると妄念になるしそれまでに出れた人なんか、いたとしても誰にも分からないわ」
俺は目の前が真っ暗になった。思わず顔を自分の手で覆う。出ていこうしたら化け物になるし脱出方法も分からないなんて八方塞がりじゃないか。
「冗談だろ……」
不意に頭に冷たいものが触れるのを感じる。手を離すと目の前には朱色が
「何をして」
「可哀想にねぇ……」
彼女は俺の頭をかき抱きゆっくりと子供に母親がするように撫でていた。木造の床にぽとりと水が落ちる。それから少しの間青年の押し殺した呻き声と大丈夫という少女の声だけが静かな校舎に響いていた。
「その、ありがとう」
「もうちょっとあのままでも大丈夫だったんだけどなぁ」
そう言いニヤニヤとした笑みを向けられ居心地が悪くなり目をそらす。ごめんってと軽く謝って彼女は俺に向かって左手を差し出す。
「私は夜に未満の未で夜未、よろしくね」
「あぁ、俺は二月の如月に優しいで如月優だ、よろしく」
その手を握り返す。分からない事だらけで不安で今も心が押し潰されそうだが左手に感じる冷たい感触がある限りなんだか大丈夫な気がしてきて自然と笑みが漏れた。