13話
私用にて投稿が遅れてしまい申し訳ありません。これからは頻度は落ちるものの変わらずに更新させていただきます。
「それは影であることはいけない事だということなのか?」
「そんな事はないさ、妄念になると自我のない化け物に成り果てるからね」
とし子さんが割れた窓から時計塔を指さす。
「どうして妄念があそこに集っているのか分かるかい?」
俺たちは顔を見合せるがそれで答えが出るはずもなくとし子さんの答えを待つ。
「あそこには大量の影が蠢いているんだよ。その影を食べるために妄念達は集まっているが如何せん壁が高いから越えられない。軽く五間はあるねあれは」
そもそもあの時計塔はなんなんだ?俺はまだその大切な事実について全く知らない、同じくコミヤマさんと夜未もそうだ。とし子さんにそう尋ねると彼女は驚いた表情を浮かべる。
「嘘だろう、そんな事も知らずにこの危険地帯にやってきたのかい!?」
こりゃ参ったね……と頭を抱える。
「そんなに不味いことなのか?」
「不味いもなにもあそこはこの世界の中心であり心臓部。時計塔に行けば答えが得られる筈なんだよ」
よくもまぁそんな軽い認識でこっちまで来れたもんだねとコミヤマさんが何故か怒られている。
時計塔が心臓部なのか、確かに時計塔だけ他と際立って目立っていたがそこまで重要な施設だったとは、だけど中に入るためには妄念の波を超えなきゃならない……か。
「つまり妄念をどうにかしなきゃならないって事ですか」
「それだけじゃないよ。言っただろ、影が蠢いているって、それに触れても影にされるよ」
影に触れても影に?影は人を襲う訳でも何かをする訳でもないのにどういうことだ。夜未も同じように思ったようだ。
「なんで影に襲われるの?」
妄念がボトボトと落ちている音と苦悶の声をBGMにとし子さんの話が続く。
「影の濃度が濃すぎるんだよ、あの空間にいたら体が負の方面に振り切れるよ」
あれ、ふと一つの事に気付いた。いや、気付いてしまったと言い換える方が正しいだろうか。確かにとし子さんは長い時間ここにいた記憶を持っているため多くの情報を持っていて俺達に与えてくれている。だけど今の話って一度はあの中に入らないと分からない話じゃないのか、そしてとし子さんは消えていないって事は別の誰かが犠牲になった所を見ていた?
とし子さんがニヤリと口元を歪めた。背中に物凄い勢いで悪寒が走る。
慌てて夜未を引っ張り俺の背中の後ろにやる。
「コミヤマさん危険!」
余裕がなく内容を端折りまくった俺の言葉でもすぐに反応してとし子さんに向けて抜刀する。
とし子さんは関心したように嘆息すると手を伸ばし刃の切っ先に触れる。
「よく気付いたね優坊」
「一体なんの事だ!」
妄念にバレるかもしれない事を忘れてコミヤマさんが吼える。夜未は困惑したように背中から顔を出す。
「とし子さん、あんたが何でそこまで詳しく誰がどうなるのかを知ってるんだ」
二人はハッと遅れて気づく、相変わらずとし子さんは余裕の笑みを浮かべているがそれがより一層不気味さを増す。
「そりゃ簡単な事さ、実験だよ実験。私だってここから出たいんだ。やれる事はなんだってする心で危険地帯にいる」
「私達をどうするつもりなの?」
とし子さんの後ろから妄念の崩れる音が響く。俺達の目はとし子さんに釘付けになっている。
「いいかい、時計塔を負の溜まり場だとすると逆に正の溜まり場もある。そこを探しな、多分ここの対極に位置する場所にあるはずだよ、そこに手がかりがある。そう踏んでるんだ。だから優坊らにはそっちに行って欲しい、それだけさ」
……ん?
なんだか予想してたのと違うぞ。どちらかというとお前らで実験してやる〜的なのを想像してたんだけど……コミヤマさん達も俺と同じようで困惑している。
「別に実験云々に関しては昔の話さ、今は別に知りたい事は全て調べ終わった後だよ。まぁそれぐらい感がよくなかったらこの先死ぬって事にしといてくれ」
とし子さんがさっきまでまとっていた怪しい雰囲気が一瞬で霧散する。
えぇ……俺達の呆れの混じった呆然とした目線がとし子さんに突き刺さるが気にしていないのかオホホと笑っている。
「ともかく頼んだよ、また今日を刻まなきゃならないから私がここを離れる訳にはいかないんだ」
許してくれととし子さんが笑いながら謝る。意外とお茶目な人なんだな……それにしても完全に気が抜けてしまったな、夜未も俺の後ろでふぅ、とため息を着く。
「だがあんたは何人も実験に使ったんだよな、それが前提に来てあんたと付き合わなきゃならんがいいかい」
そんな中でもコミヤマさんだけは警戒を顕にしていた。
そうだよ、完全に気が抜けてたけど何人も実験で殺してるんじゃん。今更ながら気を引き締める。
「いいねぇ、それで構わないよ」
とし子さんは全く気にしていないと手を振り首肯する。
「それじゃあ頼んだよ、帰りはこの道を通れば無事にここは抜けれるよ」
俺達は辺境にあるという正の溜まり場へと向かうためとし子さんと一度別れる。
「ありがとうございます」
「いやいいんだよ。私の目的も同じだからねぇ」
そしてコミヤマさんを先頭に歩き出す。後ろでは相変わらず妄念の波が自壊と再生を繰り返して登ることの出来ない壁にぶつかっていた。
5間=約10m
かつて使われていた尺貫法という測り方での表記となっています。