11話
「壊れてる人間か……」
場所は変わり屋上、俺は一人で手すりによりかかりたそがれていた。夜未もコミヤマさんも困惑した表情で一人にしてくれと言って別れて行った。
それもそうだ。いきなり自分は人間として壊れているなんて言われてはい、そうですかと流せる訳がない。
「どうしたもんかねぇ」
ズルズルと手すりに背中を擦りながら座る。俺はまだ自分は偶然落ちてきただけで忘れられてない確信があるから兎も角二人は完全にこっちに住んでいる。
彼らのメンタル的なショックは俺には計り知れない。こんな時に元気付ける言葉でもかけれれば良いが……
「こんな所に居たのかい?」
とし子さんが開け放たれたドアから顔を覗かせる。
俺は汚れを払い立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「優坊には話しておきたくてねぇ、あんたは他の二人とは違うからね」
俺が二人と違う、どうしてとし子さんはそれを?妄念の呻き声が下から絶え間なく聞こえるがそんな事に気をかける余裕は無かった。
「不思議そうな顔をしてるね。だけど優坊はこっちに来るはずのないいわゆる異邦人だよ。だからこそあんたにはできる事がある」
「俺に出来る事?」
やっぱり俺は誰かに忘れられている訳じゃないんだ。そう少し安心したがそれよりも俺に出来る事って一体何なのだろうか?
「いいかい、私ゃ何年も前からこっちに住んでいる。そして時間を測り続けたお陰か記憶の欠落も少ないのさ。こっちに落ちてきた当初の記憶も勿論入ってる」
とし子さんは自分の頭をしわがれた指でトントンと叩く。それは凄いな、だけどそれが一体俺となんの関係が?
「そして私が初めて出会った住民はね、夜未ちゃんなんだよ」
夜未が一番初め……俺と同じだ。だけどそれ自体にはおかしい所はない。ここでは人は成長が止まっているようだしそんな偶然もあるかもしれない、夜未だって忘れていたし俺ととし子さんが同じだからといって夜未に疑いを向けるのは筋違いだ。
「そして私がこうしている間にも多くの人が影に溶けて妄念になっていった。その間なんの変化のないあの子は一体なんなんだろうねぇ」
とし子さんは俺を見てニヤニヤと笑う。確かにコミヤマさんもおかしいと言っていた。だが夜未の今までの行動におかしな所は何一つ無かった。
「夜未は妄念だよ」
軽々しく、まるでちょっとした噂話をする様に。すぐにそれがどうしたと言えればよかった。夜未が妄念だろうが関係ないと言うべきだった。だけどさっきの光景が頭をよぎり口を塞ぐ。
「へぇ、知ってたんだ」
とし子さんの背中から、彼女の後ろから声が聞こえる。とし子さんも気づかなかった様で驚きの表情を浮かべ振り向く。
そこには夜未がいた。微笑を携えてまるで悪役の様に。
「なんで優くんに言っちゃうのかなぁ……」
そして彼女は腕の包帯をスルスルと解いていく。完全に解き終わった後、そこには目がビッシリと張り付いていた。
「そうだよ、私は妄念になってる」
それで?と首を傾げる。とし子さんは先程まで驚いていたがすぐに落ち着いた表情をしていた。
「あんた、後どれ位か分かってるのかい?」
「それは……」
どれ位?俺だけが話についていけずに困惑しているととし子さんは察してくれたらしく完全に妄念になるまでの時間の事だと教えてくれた。
「多分そう長くはないんだろ。目も若干変化してきているしね。顔まで侵食が来ているのを必死に抑え込んでるって所かい?」
夜未は顔を歪める。実際そうなのだろう、つまりもう時間があまりないって事か、なら早く戻れるように頑張らないとな。
「私はっ!?」
夜未の頭を撫でる。コミヤマさんみたいに撫でて安心させられる程上手くはないかもしれないがまぁさっきまでの酷い表情から完全に驚き一色になってるだけマシだとしよう。
「別に夜未がなんだろうと関係ない、それに時間制限があった方が俺はやる気が出るタイプなんだ」
「優くん……」
「それにこっちに来てから何も分からなかった俺を助けてくれたんだから今度は俺が戻れるように助ける番だろ?」
脳の奥がズキリと痛む。意図してタブーの戻ると言ったからだろうかまだ大きな変化が起こっている感じはしないがそれも覚悟の上で言ったんだ。後悔はない。
「今、言って」
「おう、言ったさ。俺も痛みを知っておきたかったしな」
チラリととし子さんの方を見ると予想外だったらしく目を見開いていた。少しスッキリしたのは俺の性格が悪いからだろうか。
おっと、夜未が唐突に抱きついてきた。って、泣いてるのか?
「腕が化け物になってからずっと、ずっと隠してて、見つかったら殺されるから!」
夜未の感情が堰を切ったように涙と共に爆発する。それから俺は夜未が泣き止むまでずっと背中をさすり続けた。