人
それは7月が終わる少し前。
残暑に苦しむ男女がひとつ安い古アパートの部屋の中に。
忙しなく雨が降る中で男は女に問う。
「そういえば、まだ夏祭り行ってなかったね。」
「そうだね」
少し笑って問う男に女はそれにピタリはまるジグソーパズルの様な笑顔を返す。
「そういえば、もうすぐ7月も終わるね。」
「そうだね」
男は部屋のカレンダーに手をかけて日付を見る。
30日は赤く丸の印がされている。
何度も描かれたのか、血の様に滲んでいる。
女は何も言わない。
「そういえば、最近一緒にご飯食べれてないね。」
「そうだね」
男はキッチンへと足を運ぶ。
おもむろに包丁を取り出すと、具の形は不揃いで、
調味料の配分はめちゃくちゃの不格好な肉じゃがを作った。
女の待つ部屋にまた戻る男。
「肉じゃが。好きだったよね。」
「そうだね」
「これ、僕が全然料理できない時に一生懸命作り方教えてくれたよね。」
そう話す男の目に少し涙が浮かぶ。
「そういえば、もう三年になるんだね。」
「そうだね」
「早いね。」
「…」
男は何も言わなくなった女を見て苦虫を嚙み潰したような表情で上の歯で下の唇を強く噛む。
「…早かったなぁ。もうバッテリー切れたのか。時間まだ余ってるのに。」
女の前で黙って佇む。男は女の顔を見つめ、頬に手を当てながら額を擦りつける。
しばらくした後、二人の家に大きなノックの音が響き渡る。
「は、はい!ちょっと待ってください!」
男は急いでドアを開けた。目の前には貸与金回収用のロボットとそれを護衛している、所謂実力行使用の二つがあった。
「半日分、7500円デス」
「丁度です」
「確カニ。ハイ、アリガトウゴザイマシター」
「…」
ロボットは女を連れて街中を闊歩していった。
男は一人になり、ベランダで一人煙草をふかす。
と、そこへ、ベランダの下から老婆達の噂話が耳に入ってきた。
「あそこの一人暮らしのお兄さん、毎日の様に女形アンドロイド連れ込んでるらしいわよっ」
「知ってる知ってる!なんでも返答もまともに出来ないような古いモデルらしいわよ」
「そうまでして女の子と一緒にいたいのかしらね~」
「でも、あの人って確か奥さんが…あ、あらやだっ!」
ベランダに居た男と目が合い、老婆は軽く会釈をして素早く去って行ってしまった。
「…」
ベランダからリビングへ戻った男。
「早いもんだよな…」
「全然…全然違う味だよ…」
男はさっきの肉じゃがを食べながらつけていたテレビに目をやる。
‐あなたもロボットになりませんか~永久に友達と~‐
‐人類ロボット化について、総理は三年前に国民から選ばれたモニターの女性を企業に売り渡したとの報告が…‐
たまらずテレビの電源を落とし、その場で泣き崩れてしまう。
「なんでだよ…な、なんで君が…う、うわぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「おい!うるせぇぞ!」
男の声に反応し隣から怒号が飛んでくる。が、男は構わず泣き続ける。
「うっ…うっ…ロ、ロボットなんかなってやるもんか…」
10分程後、男は、戸棚から縄を取り出し、円状に天井から吊るす。
台の上に立ち、男は逆に冷静になっていた。
「そういえば、学校で初めて声をかけてくれたのは君だったよね」
「そういえば、初めての友達は君だったよね」
「そういえば、初めての彼女は君だったよね」
「そういえば、初めての…お嫁さんは…」
男は少し涙を浮かべながらしばらくの間語り続けた。
一人で語る事で心を落ち着かせ、死への恐怖を静めていた。
「死んでも、ロボットでも、また会えるかな」
男は縄の向こうに女の幻影の様な物を見、円に首を通す。
「愛してるよ」
男は外傷の無い遺体は政府により機械に成される事を知らない。
処女作という事になります。鶫と申します。
最初に、内容が暗くて申し訳ございません。
しかし今回は最初から救いの無い終わり方にしようと決めていたので、こうなりました。
書き始めた当初は実は女は存在していなかったというラストにしようと思い書き始めたのですが、途中からロボットが登場したり、なんかよくわからなくなってしまいましたね。
夏という時代設定も活かせていなかったかも…
ですが、書き上げられてとても嬉しいです。
最後まで閲覧して頂き本当にありがとうございます。
次はもう少し救いがあってもいいかなと思います。