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短編

似た者同士旅道中の末に

作者: みど里

 木にもたれかかり眠っている、相棒である青年をつぶさに観察する。


 傷みのない銀の髪を無造作に伸ばし、伏せた睫毛はそこらの女子より長い。

 今は閉じている目はスッと涼しげで、細く通った鼻筋に、あまり角が持ち上がる事が無い薄い唇。

 中性的な顔であるのにその体躯は見た目よりもしっかりとした筋肉に覆われて、剣も魔術も卒なくこなす技量を持つ。

 完璧な相棒に叶わぬ想いを抱く私は、ゆっくりと息を吐く。


 彼とは五年前、お互い十五歳の時に知り合った。

 遺跡を巡っていた私の目の前に現れた一人の少年。それが後の相棒・シルヴァーナだった。

 古代の魔術を独学で研究しているという彼と、考古学者の私。当然の成り行きで一緒に行動することになる。

 遺跡に掘られた古代の文字をつい読んでしまったため、彼は私に目を付け利用しようと近づいてきたのだ。

 私もその時は、せいぜい翻訳料ふんだくってやる。くらいに考えて一緒にいたのに、五年も一緒に旅をしている内にすっかり彼に取りこまれた。

 禁欲的で基本他人に無関心。けれどさり気ない優しさや、私の仕事に理解を示してくれる事や、ふとした時にその鉄面皮が剥がれ薄く笑うのを見ていると想いはどんどん募る。


 けれど、私の想いを悟られるわけにはいかない。

 流石に今は仲間としての情くらいはあるだろうけど、私が彼をそんな目で見てると知られたら……。

 街で彼に寄ってくる女性たちに向けるあの冷たい目。

 今、あんな目で見られたら間違いなく心が折れる。図太いだなんだと言われてきた私でも、完膚なきまでに粉砕される。


 私は思わず、両手で体を抱くように身を縮こまらせた。

 時に恋人同士だと思われる私たちだけど、そう揶揄された時、彼は非常に苦い表情を作る。それに五年も一緒に旅をしてきて、そんな雰囲気にならない事が彼の心境を決定付けている。

「そろそろ潮時ね……」

 私の気持ちが爆発して嫌われる前に彼から離れなければ。


 どうせ私は彼に会うまでひとりだった。これからもひとりでやっていける。

 私は体を包む毛布を握り、微睡みに沈んでいった。


 ※


 俺は瞼を持ち上げ、木に体を預け眠る連れの女を見た。


 重力に逆らわずさらりと落ちる栗色の髪は、初めて会った時より随分伸びた。

 野宿が多いのにも拘わらず荒れる事のない白い肌に浮かぶのは、伏せた栗色の長い睫毛、形よく収まった鼻と小さいながらも肉感的な唇。

 そして。その包まった毛布の下にはすっかり育った『女』の肢体。


 五年前に遺跡で出会い、その考古学の知識を利用しようと共に旅をするようになった。

 その内に俺は、この連れ、エリアーデに心を許していく事となる。

 普段は大きな目に力強い光を宿し、飄々としながらも明るく笑う事が多い。

 反面、酷く現実的で思慮深く、金銭面や考え無しの正義などに厳しい。寄ってくる軟派な男などには笑いながらも冷めた目を隠さない。


 俺が強くエリアーデに心を揺さぶられるきっかけとなったのは、とある遺跡で、あいつの仕事ぶりを見た時だ。

 古代の魔術の解析に行き詰っていた俺に、遺跡を紐解きながら知恵を授けたその知識の深さに舌を巻いた。

 その真剣な横顔を見た時。

「どういたしまして」

 そう、見たことのない笑顔で言われた時。真に心から歓喜した笑顔を見た時。

 いつからか、こいつの分厚い殻で覆われた本心を見たいと思い始めた。

 心も、その思考も、体も全て俺に開いてほしいと、初めて他人に対して強い思いを抱く事になる。


 しかし、俺は関係を崩す事を躊躇した。

 自分が如何わしい目で見られていると知ったら、あいつはきっと俺の前から姿を消すだろう。

 俺と恋人だと思われる事も何とも思っていないか煩わしいだけだ。何も知らない奴らが余計な事を言うな。そう苦い気持ちになる。


 そして、俺は微睡みの中でその言葉を聞いた。

「そろそろ潮時ね……」

 体から熱が引いていく。

 俺が完全に覚醒するのと入れ替わりに、起きていたであろうエリアーデは夢の中に旅立ったようだ。


 翌日、到着予定だった町の宿屋で部屋を取り、エリアーデを押し込む。

 予想に反して狼狽え後ずさるエリアーデを押し倒し、寝台に沈め、問い詰める。

「おい、答えろ。何が潮時なんだ?」

「シ、シル……何って……そっちこそなによっ……」

 俺を見上げるエリアーデは、その青い目に膜を張り、顔を上気させ、体を固くし震え……。


 俺は生唾を飲み込む。しんとした部屋に喉が鳴る音が思いのほか響いた。

 目を見開いて固まるエリアーデに、俺はゆっくり顔を近づけ……。


 ※


 垂れた銀の糸から伝う汗が直下して、私の頬にぶつかり跳ねる。

 直後、その銀の糸は律動に合わせて揺れた。

 シルは動きながら私の唇を貪り……二人して混じり合いながら高めあっていく。


 眉を歪め、切なく瞳を揺らしながら、苦しそうに私に愛を伝えた相棒のシルヴァーナ。私も確かに気持ちを伝えた。何度も。


 そのはずなのに、今、ベッドに寝ている私の隣に彼はいない。

 夢だった? そう思い勢いよく起き上がると。

「いっ! た……っ」

 最中はそんなに痛まなかった筈なのに。というか夢じゃない?

 掛け布団を捲って確かめたシーツの有様、下腹部の痛み引きつりが、あれが現実に起きた事だって証明している。それなら。

 私は裸の胸に布団を引き寄せ、熱くなった目頭に力を入れて誤魔化した。


 その時、扉を開けてその相棒が入ってきた。あれ、いなくなってない?

 彼は私の様子とシーツを見て眉を歪めた。

「おい。何で泣いてる。……やはり嫌だったのか?」

 シルはつかつかとベッドに歩み寄り乗り上げ、未だ裸の私から布団を取り上げようとしたから、それだけは死守した。

「おい」

「っ、シルが、いなくなったと、思って……!」

 彼は息を呑んで、ゆっくりとベッドの縁に座ってうなだれ頭を掻き毟った。

「……荷物あるだろ」

「ほんとだ……」

 荷物と、ベッドに彼の剣が立てかけてあるのをようやく認めた。


「で?」

 シルヴァーナはゆっくり私の方を振り向いた。

「何が潮時だって?」


 私は曖昧に笑うしかなかった。

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